85 よし……やってみよう──
7月22日 1200時
【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】
戦闘マップ上では、複数の光点──
最初の推進剤の点火を観測した後、『
それらによって形成される散布界の幕は、
弾頭が爆散しスクリーンが形成されるまでの時間は、計算上あと〝16時間53分20秒〟とあった。
「──さすがに隙がないな」
艦橋の艦長席で、タカユキ・ツナミは戦術マップを睨みながら独り言ちるように言った。
〝46発〟という投射数は一見すれば〝有無を言わせぬ〟大量投射ではあるが、実は
「ああ……」
航宙長のイツキが顔を軽く顰めながら言った。「──これだけ満遍なくばら撒かれると、もう〝普通にやってたんじゃ〟正面に穴を作ろうったって無理だ…… だろ?」
恐らく問い掛けられた当人だろう砲雷長のトウコ・クリハラが、
『距離があるから時間をかけられるけど数が多い…──』 常ながら彼女は正直だった。『──…正直、
「──現時点で〝航宙軍の援護〟は当てにしない」 ツナミは砲雷長の言葉を遮った。
『…………』 クリハラは黙った。
ツナミは
「──例の〝隠し玉〟…… 使えるかな……?」
イツキは黙って肯いて返した。それでツナミは、今度は副長のユウ・ミシマの方を見遣る。
「使うならいまだろうね」 副長は即座に肯いて返答した。
考えを纏めるようにしばし沈黙したツナミは、やがて小さく頷いた。
「よし……」 ツナミは慎重な面差しの口許が引き締まる。「……やってみよう──」
ツナミは情報支援室の技術長を呼び出した。
* * *
艦橋の指示で〈情報支援室〉のユウイチ・マシバ技術長が手元に
4時間後、戦場に異変が生じた──。
先ず、接近する軌道爆雷の後方──『
熱源は、〈カシハラ〉の針路の後方に数個ずつ現れると、やがて分散していき、一つ、また一つと、それぞれが〈カシハラ〉の
この時点で〝違和感〟を察知した帝国軍の艦長の中の何名かは、自らの判断でパルスレーザによる超長距離砲撃を実施し、これら熱源のうちの幾つかを排除したのであったが、如何せん組織的な対応というわけにはいかなかった。
やがてそれぞれの熱源は、更に小さな熱源に分離して展開すると、濃密な〝
これにより〈カシハラ〉前面へのコースに乗っていた軌道爆雷群のうちの何基かは、濃密な〝
マシバ技術長が起動させた〝隠し玉〟とは、
発射管に次発装填の機能がないのであれば、艦の進行方向に対し後方の宇宙空間に投下して〝機雷〟としてしまえばよい、という発想である。発射管の投射機能による初期加速や艦自体の速度の合成ができないため〝十分な速度の積上げ〟は望めないが、このような用途には十分に耐える使い方であった。
7月22日 1630時
【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/
「──〈カシハラ〉の〝
CIC司令部付の管制士よりの報告を受けると、首席幕僚のナガヤ一佐が戦術マップを見下ろしながら口を開いた。
「〝チャフ回廊〟……ですか」 戦術マップの表示によれば、
戦術マップの状況の変化にカイ・コオロキ司令は、口元に小さく微笑を浮かべた。
侵入した側が防衛する側に対して積極的に罠を仕組む──。
〈カシハラ〉の側にしてみれば時間を稼ぐことができればよい、という程度のことであるから、この選択肢は悪いものではない。
「〈カシハラ〉の
コオロキの問いにCICの別の管制士が応える。
「ハ…── 回避機動に入りました。チャフにより統制を離れた13基の想定散布界の、さらに外側に機動するようです」
「だろうな」 コオロキは満足そうに頷く。
「データリンクから切り離れた13基分……」 ナガヤ一佐が眉根を寄せながらコウロキを見遣る。「──しかし他の33発で
コオロキが応じる前に、先の司令部付の管制士が再び戦況を報告してきた。
「──〈カシハラ〉の熱量が上昇しました……パルスレーザの照射です」
コオロキは自明のことだというように呟く。「──それは迎撃もするだろう」
「しかし有効域の全てを墜とせますか?」
ナガヤ一佐のその問いに、コオロキは淡々と応える。
「
「では、
「首席幕僚……」 コオロキは戦術マップをわざわざ2Dから3Dへと切り替えると、側らの首席幕僚に言った。「──この状況がそんな〝他人事〟に見えるかね?」
3D投影された戦術マップの中では、接近する軌道爆雷の群れのうちチャフの影響を受けずに済んだ33基が新たに形成し直す爆散散布界の幕の想定域が、徐々に
「──こ、これは……」 ナガヤ一佐が舌を巻くように目を見張った。
帝国艦隊の統制下に残る爆雷と回避機動をとった〈カシハラ〉の軌道要素との関係から、新たな
そんな首席幕僚を横に、コオロキは艦橋の艦長を呼び出すと告げた。
「艦長。艦隊の全艦に伝えてくれ ──〝これより艦隊は〈イスズ〉の防空統制の下、軌道爆雷群の長距離迎撃戦に入る。艦隊針路の正面から
まんまと〈カシハラ〉の候補生らに嵌められた形ではあった。
だがコオロキ宙将補は満足している。
どうやら〝教え子〟たちの成長──あるいは元からの素養なのかも知れないが…──は火を見るよりも明らかなようだ。
7月22日 1700時
【H.M.S.ラドゥーン/ 通信室】
その頃、
エリン・エストリスセンによって〝
この脚自慢の航宙艦〈ラドゥーン〉の素性であるが、元はアデイン連邦宇宙軍のヴェルブンコシュ級小型巡航艦〈チャールダーシュ〉である。旧い設計の
この時点で星系内は王党派が掌握しつつあり、『ベイアトリス王立宇宙軍』所属という航宙管制識別信号を発する航宙艦に敵対的な行動を取ろうという艦艇はなかった。
その〈ラドゥーン〉の通信室で、元〝
すでに惑星〈ベイアトリス〉からの距離が大きくなっており、タイムラグで通話に支障が生じつつあったが、それでもまだ何とか通話が可能なタイミングであった。
「──じゃ、星系間情報伝達システムは機能が停止して、復旧の目途も立っていないというわけなのね……?」
そう言ってアマハは、画面の中のファン・ダウンが応えるまでしばらく待つ──。
『──…………はい。中継基地の制圧を終えたバールケ特務中佐からは、そのように報告を受けております…──』
通話画面の中にノイズはなくクリアなものだったが、さすがにタイムラグのある反応にはイライラとさせられた。もっとも先方の
「破壊工作…か…… 余計なことをしてくれたものね……」
『──……バールケ特務中佐によれば、背後に〝ミシマグループ〟の何らかの関与がありそうだ、とのことです…………』
「そう……」
『──…………調査レポートは送らせます……』
微かに顔色を変えた
「……ありがとう── 殿下の周りについては引き続きお願いする。問題は?」
『──……ありません………… あ、首席武官………──』
話を切り上げにかかったアマハに、ファン・ダウンがふと気付いたふうに言い添えた。アマハが〝何?〟と訊き返すまでもなくファン・ダウンが笑みを含んだ目でわずかに咎めるふうな表情で言う。
『──
それでアマハは、〝ああ〟というふうに神妙な
そう。エリン・エストリスセンはベイアトリス王家を継いだのだった。トシュテン・エイナル・ストリンドバリとの件も聞いた。そのようなときに、お側に居て差し上げることができなかったのは、心が痛かった……。
そういう意味では、ファン・ダウンを得られたことは幸運だった。
それはそれとして──、思考を切り替えたアマハは〝それにしても〟と思う……。
星系間情報伝達システム──それは汎星系・超国家が建前のシステムだったはずだが、ファン・ダウンによれば、その
──帝都での〝出来事〟がリアルタイムに外部に漏れることを嫌ったのか、ヴィスビュー星系へと移動した青色艦隊の主力を始めとする〝遠方の戦力〟との連絡手段を封じたかったのか……。
ソフトキルに留まらずハードキルにまで及んだ破壊工作を〝ミシマ〟が主導したとは考え難かったが、
アマハは、この件については報告を待つことにし、ヴィスビュー星系の〈カシハラ〉へと想いを馳せることにする──。
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