第14話 思い出の扉

58 人のいない士官次室《ガンルーム》──



 タカユキの他に、人のいない士官次室ガンルーム──。


 舷窓に身を預ける様にして、窓外の宇宙そらの深淵からずっと視線を外さないでいるタカユキ。

 窓枠にはまる硬化合成樹脂に映ったその顔は、少し痩せて、精悍さを増したかもしれない。

 わたしは、ちょっと魅入ってしまう。


 もっと幼かった、〝可愛らしい顔〟の頃から知っていて、何回この顔と喧嘩したかわからない。

 でも、だいたいタカユキの方から謝るのが──それがわたしが悪かったとしても──、わたしたち二人の約束事だったような気がする。



 でも、今回は許してはくれそうにないかな……。



 わたしは気後れのする視線で、窓に映り込んだ彼の顔を見る。

 ふと目が動いて、視線が逢ったように思う。


 ……反応してくれなかった。


 タカユキは舷窓を離れ、そのまま士官次室ガンルームの扉へと向かう。

 わたしの目の前を、タカユキは横切るように。


 ──仕方ない…… それでもやっぱり…… と想ってしまう……。



 わたしは、俯いてタカユキの背を追う。

 士官次室ガンルームを出たところで、タカユキがイツキと出会でくわしていた。


 イツキにしては珍しく、気拙い表情かおでタカユキの長身を見上げている。


「タカユキ……」

 イツキがやっとという感じに口を開いて言う。「──その……アレヽヽは……」


 そんなイツキを。タカユキは片手を上げただけで遮った。


 わたしは、それで少し胸を撫で下ろす。

 そんなわたしなんか見えてないように、タカユキは艦内通路を先へと急ぐ。


 ──ばん!


 かたわらで大きな音がした。


「くそ……っ」 イツキだった。「──なんで…あのとき……」


 タカユキの消えた通路の壁面に拳を打ち付けたイツキを視界の片隅に見ながら、わたしは艦内通路を、タカユキの姿を求めて追いかける。




 タカユキの姿が主幹エレベータの中に消えようというところで、わたしは何とか追い付いた。

 わたしのことなんか気にするでもなく制御盤パネルを操作する。すんでのところでエレベータの扉の外に取り残されるところだった。


 さすがにつめ寄って文句を言ってやりたくなる。

 でも、わたしは言葉を飲み込んで、エレベータ内ケージの壁の方へと移動した。

 タカユキはちらりともこちらを見ない。扉横の制御盤パネルの正面に立ち、扉が開くのを待っている。


 わたしは横からそっとタカユキの顔を見上げる。

 こっちを向くことはないけれど、それでも、その横顔を純粋にただ好きだという気持ちで見ることのできる位置に来れただけで満足だ。


「覚えてる?」


 思い出し笑いをしてしまう。

 タカユキ初めて〝告白〟したときのこと──。



 * * *


 ──あれは中学3年の春のことだったよ……。


 病気で1年間病院にいたわたしが学校に戻った二回目のヽヽヽヽ小学4年からの6年間、タカちゃんとはずっと同じ小学校、中学校で、学級クラスが違ったことも2回だけ。


 ずっと一緒で、側に居てくれるのが普通だと思い込んでた。


 始業式の日、中学最後のクラス分けでタカちゃんとは別々になったのを知ったとき、わたしは思い切ってタカちゃんを体育館の裏手に呼び出した。



 わたしには結構自信があったから、タカちゃんがやるような〝直球勝負〟をしてみた──。


 それで、困ったような、煮え切らない表情かおのタカちゃんを──身長を抜かされてもう随分と経ってたっけ──壁際に見上げて〝壁ドン〟したヽヽわたしに……、



「ごめん……」

 タカちゃんはこう言って視線を外したんだ。「だって、ほら……、コトミは年上だし……」


「そ……っか……」


 何とかそれだけ言って、その場を逃げおおせたことは覚えてる。それと、こう〝思った〟ことも覚えてる。



 ──ズルいよ…… もうそれって、どんなに努力したって、どうにもできないことだよね……



 そのときのタカちゃんの表情かおは覚えてない。わたしの表情も──

 わたし、どんな顔してたっけ……?




 その年の夏──、航宙軍の士官だった父が任務から帰ってこなかった……。


 父の乗った巡航艦〈ウネビ〉は、哨戒任務の途中で消息を絶った。

 詳細は現在いまもわからない。

 突然のことに涙に暮れるだけの母とわたしに、航宙軍と父の元同僚は『軍機』という二文字で、誰も何も納得できる説明をしてくれなかった。


 葬儀の日、斎場へと向かうわたしの傍らにずっと付いていてくれたね──。ほんとは手を握っていて欲しかったんだよ。……でも、ずっと隣に居てくれて、ありがと。



 母子家庭となってこれから先の学費のことを考え、わたしは私立高校への進学を取りやめて航宙軍高等予科学校へ進むことにした。そしたら入学式の日にタカちゃんの姿がそこヽヽにあって……、わたしは何も考えることができなくなって、ただタカちゃんの顔をどぎまぎと見るだけだった。



 ──お父さんのいないタカユキにとって、航宙軍の軍人で宇宙船ふな乗りだったわたしの父が身近な憧れの存在ヒーローだったのは知ってた……。



 けれど……、ずっと訊けないでいたけれど……、それだけが理由じゃなかったんだよね?


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