57 タカユキは艦長でしょ!

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・コトミ・シンジョウ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み

・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男

・タツカ・ジングウジ:同航宙科観測員、22歳、女


・ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラード:

 自称、扯旗山の宙賊ララ=ゴドィの〝愛人〟、14歳、女、元貴族らしい


・ガブリエル・キールストラ:

 帝国宇宙軍巡航戦艦トリスタ艦長、大佐、32歳、男、キールストラ分艦隊司令


======================================



 マレア星系を離脱した〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉は、3パーセクの跳躍ワープを経て『自由回廊』内のスプラトイ星系に姿を現している。


 この星系の主恒星〈スプラトイ〉は不安定な恒星ほしだった。一度活性化すれば絶え間なく恒星面で爆発を繰り返すため、多くの重力流路トラムラインが流れ込む要衝でありながら入植も進んでいない。そんな辺境である。



6月27日 1000時

【H.M.S.カシハラ/ 艦長公室】


『コトミ・シンジョウ宙尉を〈カシハラ〉船務長に指定する』


 〝星系同盟航宙軍〟士官候補生准尉 改め 〝新生ベイアトリス王立宇宙軍〟宙尉コトミ・シンジョウは、〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉の艦長公室でその内示──しかしこの時点で既に事実上の辞令──を受けた。



「──拝命いたします」


 半ば反射的に拝受したコトミは、艦長のタカユキ・ツナミと、その横のユウ・ミシマ副長の目をそっと窺う。



 実はコトミはこの人事に気乗りがしていない。

 船務長の定位置は艦橋であり、戦闘配備時にツナミの居るCICの主管制卓から外されるのが──それが全くの個人的な想いでしかないものなのはわかっているものの──嫌だったからだ。


 そのコトミの視線に、ツナミはいつもとは違った優柔不断な面持ちでミシマの説明を待ったものの、ミシマがいつまで待っても口を開かないので、結局自分で口を開いた。


「見ての通りだよ ……ミシマ副長が忙しくて首が回らないと言い出した」


 それでコトミは、恐る恐る切り出してみた


「わたしが船務長である必要がありますか? タカユキのCIC──」

 思わず〝タカユキ〟と名前の方ファーストネームで呼んでいた。「──とミシマ副長の艦橋とがそれぞれ問題なく連携できている現状を、今あえて変える必要は──」



 それまで黙って耳を傾けていたミシマが、ここでコトミを遮った。──いまツナミに名前の件を訊き咎められてはメンドウヽヽヽヽだ。そう思ったミシマは多少強引におさめに掛かる。


「──CICの艦長から引き離したりしないから心配しなくていい。戦闘配置では、引き続きCICの主管制士として艦長を補佐してもらう。


 副長として望むのは、これまで通り船務科乗組員クルーの最大効率の維持と第2分隊全体の円滑な運用だ。適任だと思ってる。出来るだろ?


 それと同期首席クラスヘッドとして僕個人が望むのは、艦長であるタカユキの〝精神安定剤〟の役目で、これは君にしかできない

 ──ただし艦内風紀を預かる副長として〝不純異性交遊〟は許せないから、そこのところは適当に上手くヽヽヽヽヽヽヽやってくれ」



 最後の方は勢いと、二人の共通の〝友人〟としての想いを織り交ぜ、一気に言い含める。


 そしてバツの悪そうな表情になって口をパクつかせているツナミには一言も口を開かせず、ミシマはコトミに目線を遣って締め括った。


「──以上だ。何か質問は?」


「ありません──」



 それでコトミの方はもうさばさばとした表情になって、一つ頷いて副長からツナミへと視線を移すと、敬礼とともに言った。


「シンジョウ宙尉、船務長を拝命いたしました」


 もはや観念したように肯いて返すツナミの横で、小さな笑いと供に片目を瞑ってみせたミシマが言う。


艦長タカユキは頼んだ」


「はい」 と落ち着いた表情のコトミが、小さくあごを引いて応える。



 これまでの航宙で〝事実上〟の船務長と目されてきたコトミ・シンジョウは、この日、名実ともにタカユキ・ツナミ勅任艦長の指揮する〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉の船務長となった。


 ちなみにこの日──どんな心境の変化があったのか──コトミはタツカ・ジングウジと共にそれまで長く伸ばしていた髪をバッサリと切っている。




6月27日 2020時

帝国軍艦HMSトリスタ /第一艦橋】


 マレア星系に接続するパルセラ星系内に展開させた麾下のフリゲート──〈ヴァリェン〉から〝状況変わらず〟との定時報告を受けたガブリエル・キールストラ大佐は、いよいよ決断を迫られていた。


 〝叛乱艦〟〈カシハラ〉の探索の命を受けた帝国軍艦HMS〈トリスタ〉以下のキールストラ分艦隊は、六月十三日の時点で〈カシハラ〉に遅れること7日という時間差を付けられている。


 この状況ハンデを『3等級艦』──〝4パーセクの跳躍性能を持つ航宙艦〟──以上のふねで編成された正規の〈索敵攻撃部隊ハンターキラー〉である同分艦隊を率いるキールストラは、〈カシハラ〉を凌駕しているその戦略機動力を発揮することで〈カシハラ〉の行程に先んずることを企図した。


 高い確率で接触できる候補地は二ヵ所──〈スプラトイ〉か〈パルセラ〉であった。

 キールストラはここ〈パルセラ〉を先ず選択して網を張ったのだが、どうも〝空振り〟であったらしい……。


 そうであれば隣接するスプラトイ星系へとすぐにでも跳躍ワ-プすべきであるが、このパルセラ星系についても未だ到着していないだけのことかも知れなかった。この後しばらくして〈カシハラ〉の艦影が星系パルセラの辺縁部に出現するかも知れないのだ。



 キールストラは思案の末、スプラトイ星系へと接続する跳躍点ワープポイントに最も近い空域に展開させていたフリゲート〈デルフィネン〉を当該星系へ跳躍させ、先遣とすることにした。


 先ずはエリン皇女殿下の座乗する〈カシハラ〉と接触せねばならない。既に多くの帝国宇宙軍ミュローンの艦艇が『自由回廊』内に集結しつつある。──時間との勝負となっていた。




 スプラトイ星系を航宙中の〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉は、重大とまでは言えないが艦の能力発揮に影響を及ぼす『問題』が発生していた。


 『宙賊航路』で再艤装した連続波照射電探CWIレーダーの1基に不具合が生じ機能停止していた。電子的な伝送処理部については正/副/予備の三系統が確保されているが、機械的メカニカルな設備全てについてはそういうわけにはいかず、このままでは艦の全周を追尾誘導フォローすることができなくなる。


 この『問題』の対処に、『船務長』を拝命したばかりのコトミ・シンジョウ宙尉が自ら手を挙げたことで、彼女の周囲は俄かに騒がしくなっている。




6月29日 1300時

【H.M.S.カシハラ/ 第2甲板 左舷 船外作業準備室】


「……だから船務長自ら作業に当たる必要はないだろう?」


 わざわざ第2甲板、左舷の船外作業準備室まで付いて来たタカユキ・ツナミが、準備室内の船外活動ユニットEMUロッカーに背を向ける形で、その背中越しにコトミに声を上げている。


「──元々これは戦術科甲板部うちの仕事だし……」



「その甲板部の方からの応援要請なの!」


 下着インナー姿のコトミ──着やせする彼女は、実は同期クラス女子で一、二を争う体形プロポーションの持ち主だ──が、収納棚ラックの前でEMU(=宇宙服)を手に取りながら、そんなツナミの言い分を面倒くさそうにあしらっている。


「おいこら! 着替え中! まだこっち向くな」


 思わずコトミの姿を求めて顔を向けたツナミの耳に、装具を手伝う相方バディのベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードの険のある声が割って入ってきた。ツナミは思わず首をすくめる。



 そんなツナミに、澄ました声でコトミが続ける。


「いまカシハラは人手不足なんだから〝できる〟人がやるの。それが基本でしょ?」


「だったら俺が──」


 今度こそ反応してしまい背中の方を振り見遣ったツナミの声を、コトミはぴしゃりと遮った。


「──タカユキは艦長でしょ!」



「…………」


 それでもうそれ以上声を上げられなくなったツナミの視線の先には、もうに宇宙服EMUを着込んでしまったコトミが居て──、その脇でベッテ・ウルリーカが、〝阿保でスケベな高校生でも見るよう〟な目線でこっちを向いていた……。


 ──もはやベッテ・ウルリーカはすっかり艦内女子の〝妹役兼弟役マスコット〟になっていて、コトミも例外なくこの元ミュローン貴族で〝海賊〟という変わり種の少女がお気に入りだった。



「──それにタカユキは船外活動EVAの星域資格、持ってないでしょ?」


 痛いところを突かれた。──仮免取得時に実技教官のお墨付きを貰う程度に自信のある分野だったが、何故か学科試験の結果は散々で──後日のマシバの分析にればマークシート式の回答を〝4問目〟以降を一つずつズレて記入してしまったらしい──、結局この春の資格取得は成らなかった。ツナミにとって触れて欲しくない痛恨事だ。


 一方のコトミは〝できる女子〟の常でコツコツ努力するタイプ──一発で合格してうかっている。



 そうこうしていると、そんなツナミの長身を小柄なベッテ・ウルリーカが見上げていて、優越感を隠そうともしない眼差しを浮かべて言った。


「──もう出ます。そこ、どいてください ……艦長」


 彼女は十四歳にして既に初級のEVA資格──候補生の中にもそれ程所持者はいない──を取得していて、今回の作業に名乗りを上げたコトミの〝相方バディ〟を務めることになったのだ。


 事情はどうあれ資格のこと──〝実技〟なら負けはしない!──ではぐうの音も出ない。



 仕方なく道を開けたツナミの顔の正面に、コトミの顔が滑り込んできた。

 ちょっと近いんじゃないか、と目線を逸らしたツナミの瞳を覗き込むように、コトミが訊いた。


「ひょっとしてタカユキ── わたしのこと心配してくれてる……とか?」


 逃がした目線の先でベッテ・ウルリーカがイライラと焦れったそうにしているのにバツが悪くなりながら、ツナミは口を開く。


「──まぁ、その……心配はないだろうが…… 危険は危険だからな……」



「…………」

 そんなツナミの顔を覗き込んでいたコトミは、ちょっと口元を綻ばせる。「──それじゃ、行ってきます」


 わりと落ち着いた感じでそう言ったコトミの背中に、ツナミは慌てて声を投げ掛ける。


「──おう…… なるべく早く戻ってこいよ……」 




 そんな二人のやり取りを、船外作業準備室の入口脇で聴いていたイツキ・ハヤミ航宙長は、そろそろ伸びてきてざらつき始めた不精髭を片手で撫でながら苦笑交じりに呟いた。


「なぁにやってんだか……」


 壁に身を預けてニヤニヤしているイツキ。

 だがそんな──意外にも艦内女子陣の心を掴んだ〝不死の百頭竜ラドゥーン〟ララ=ゴドィにあやかって髭を伸ばし始めた──イツキに、ちょうど通りかかった航宙科女子、タツカ・ジングウジ中尉が冷水を浴びせる。


「──航宙長もみっともない真似止めてくださいねー」

 それから忘れちゃいけないことのように付け加える。「あーそれと……その髭──不潔なんでNGです。似合ってないし」


 たちまち仏頂面になったイツキは、タツカが視界から消えるのを待って、速歩になってその場を立ち去るのだった。




〝……その後に起きる事なんてわかりはしないから、このときには皆、まだこんなやり取りの日常の中で、今日を生きていました〟


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る