第9話 反撃

42 ──敵より先に、相手の姿を捉える。

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・コトミ・シンジョウ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み


・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男

・マサミ・コウサカ:同航宙科操舵士、22歳、男


・ユキオ・オダ:同機関科機関長、57歳、男、オオヤシマ防衛庁1級技官

・シュンスケ・ソウダ:同機関科機関員、27歳、男、2級技官

・サチ・キミヅカ:同機関科機械員、24歳、女、2級技官


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 ツナミ艦長が発案した作戦では、敵装甲艦を砲撃するに当たり、カシハラは敵艦後方からの接敵を企図する、となっていた。


 正面切っての砲戦となれば、例え帝国軍に砲戦の意志が明確になくとも、何かの間違いから偶発的な発砲に繋がる危険がある。航宙艦は、ほとんどがその推進軸上に主砲を配置しているので、後方からの接敵・攻撃──つまり〝ドッグファイト〟が最善手とされていた。


 そういう理由で、現在のところ先行しているカシハラは、後方を追尾中の帝国宇宙軍ミュローンの装甲艦をやり過ごし、その背後に回り込む何らかの〝策〟を講じる必要があった。



 この指針に沿って航宙科が出した〝策〟は、跳躍ワープ後の出口付近の宙域で敵艦をやり過ごし、敵艦を待ち伏せして砲戦に持ち込む、というものであった。


 跳躍直後ワープアウト後には敵艦の探知機器も本艦カシハラ失探ロストしている。その機会タイミングで〝相手をペテンにかけるトリックを仕掛ける〟ことは可能かも知れなかった。敵が複数の艦艇で艦隊行動を取っていて跳躍ワープごとに先遣艦を繰り出せるのであれば使う事のできない手だが、敵装甲艦アスグラムは独行している。


 ツナミはこの〝策〟を了とした。




6月12日 0300時

【H.M.S.カシハラ /艦橋】


〝先ずカシハラは敵艦に先立って跳躍点ワープポイントゴルフ〟に飛び込む。その際、ある程度の相対距離を維持しつつ相対速度がプラスに転じる──敵装甲艦アスグラム本艦カシハラに接近する──ように加速を調整する〟


「……推進軸メインスラスタ停止、慣性航行に移行」「──慣性航行に移行、よーそろー」


 戦闘配備の〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラの艦橋に、航宙長のイツキ・ハヤミの操艦指示に操舵士マサミ・コウサカが復唱する声が響く。


 カシハラはいま、敵装甲艦に先立つこと1万5千キロの距離を保ち、跳躍航行ワープが可能となる重力流路トラムラインの入口──跳躍点ワープポイントゴルフ〟への接続空域へと達した。


 以降、敵艦との相対速度を大きくすべく、慣性航行にて跳躍点の空域へと侵入する。




6月12日 0315時

【H.M.S.カシハラ /機関制御室】


重力流路トラムラインへの突入──跳躍航行への移行ワープイン──は速やかに行われる〟



『機関室、跳躍ワープ用意──』


 艦橋からの副長の声に、〝にわか機関士〟であるところのシュンスケ・ソウダが反応する。


「──跳躍機関ワープドライブ、超弦励起状態へ移行。主機より次元波動反応炉へ熱量伝達。量子フライホイール接続。縮退圧縮開放……確認願います」


「反応炉内、超弦励起状態を確認しました」


 同じく〝にわか機関士〟のサチ・キミヅカの確認の声を聞くと、『機関長』ユキオ・オダはおもむろにCICと艦橋へ報告した。


「──こちら機関室…… 跳躍機関ワープドライブ、準備できました」



跳躍はじめワープイン!』「──跳躍ワープ」 艦長の号令に機関長が応じる。


 ソウダ機関士は機関長に目で確認すると、慎重な面持ちで跳躍機関ワープドライブに溜め込まれたエネルギーを開放していった。



6月12日 0318時

【H.M.S.カシハラ /艦橋】


 跳躍点でカシハラは、反応炉内に生起したタンホイザーゲートの直径を広げ、重力流路トラムラインへの移行に入った。カシハラはほんの数秒で流路トラムラインへの移行を終える。そうすると、次の瞬間──まさに〝瞬間〟である──には航宙艦は〝跳躍〟を終え、重力流路トラムラインの反対側の出口にその姿を現している。


跳躍、完了〝ワープアウト〟 ──状況を確認」 航宙長のイツキが航宙科の乗組員クルーに指示を飛ばし始める。「──針路の確認を急げ! 座標の方もだ! どうだ?」


 探知機器が機能していない跳躍直後ワープアウト後が航宙船舶にとって不測の事態に陥りやすい。とくに針路上の安全の確認は航宙科にとって最優先である。


「──針路上に障害…なし!」「周辺空域に船影、ありません」


「よし!」 イツキは声に出して頷いた。




〝そして跳躍直後ワープアウト後に推進軸を反転、慣性運動を打ち消す加速に転じる〟



 カシハラはシング=ポラス星系側の跳躍点〝G〟に突入した際の速度で、当星系の跳躍点から出現することになる。また、カシハラを追って跳躍点に侵入した帝国軍艦も、やはりカシハラとほぼ変わらぬ相対速度で跳躍ワープに入るだろう。それがこの作戦の枢要きもであった。


 ──跳躍ワープ後の出現座標こそ跳躍点の空間の中で偏差を持ち〝定位置〟とはならないことはよく知られている。そして跳躍ワープの前後で慣性運動量が保存されることの理由は解明されていなかったが、実際に保存されることは確認されていた。



『反転減速をはじめ──』 CICから跳躍後の各部の状況を確認した艦長ツナミの声が届いた。


 それを聞いたミシマが艦橋で号令を下す。


z軸ヨーで回頭する── サイドスラスタ、艦首右に〝いっぱい!〟 艦尾左に〝いっぱい!〟」


 操舵士のコウサカが復唱と共に操艦に入ると、艦の前後で姿勢制御スラスタが全力で噴射を開始する。操艦の際の即応性に劣る姿勢制御装置モーメンタムホイールは回頭の初動では使用せず〝当て舵〟時のモーメントの打ち消しに備えていた。


 航宙艦としては〝軽い〟部類のカシハラは、艦首が回り始めるや軽やかにステップを踏み始めた。


「──zヨー回頭、おもーかーじ……030度」 航宙長のイツキがタイミングを計り指示を発する。「姿勢制御装置モーメンタムホイール、zヨー運転、とーりかーじ……減速はじめー」


 スラスタの噴射による〝当て舵〟を待たずに円盤ホイールの回転が始まる。──完全に教則マニュアルを無視した操艦であった。


「……サイドスラスタ、逆噴射ー」 航宙長の指示は続く。「──もどーせー、舵中央、取舵にあてー」


 その振付けに応えて〝彼女カシハラ〟──結構な〝じゃじゃ馬〟だ──は大胆にステップを踏み鳴らすと、ピタリと後ろを向いて見せた。


 ミシマは航宙長の手並みとそれに応えた操舵士と艦の挙動とに満足しつつ、更なる指示を下す。


主推進器メインスラスタ加速一杯、減速開始!」


 カシハラは跳躍点から飛び出して来た方向へと艦首を翻し、逆加速に転じた。

 そして十分に減速を終えてから、再び艦首の向きを元に戻し、敵装甲艦を待ち伏せるのだ。




6月12日 0325時

【H.M.S.カシハラ /戦闘指揮所CIC


「──〝囮の探査機デコイ〟放擲しました。推進剤の点火確認……予定針路上を加速開始します」


 主管制卓のシンジョウ宙尉が簡潔に報告を上げた。電測管制員のタカハシの声が続く。


「各種欺瞞データの発信を観測、問題なし」


 ツナミは艦長席の手元のスクリーンに、もう一隻の〝カシハラ〟が映し出されているのを確認する。



 ──カシハラが180度の回頭を終え、全力で逆加速に転じる直前──。


 トリックペテンの成功率を上げるため、船務科と戦術科、そして技術科も知恵を出している。


 跳躍直後ワープアウト後の敵装甲艦の探知・索敵機器が息を吹き返したとき、〝本艦カシハラ〟の艦影を〝在るべき〟針路上に捉えたように見せかけるヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ仕掛け──〝デコイ〟の無人探査機プローブを艦の進路前方に打ち出したのだ。


 用意された無人探査機プローブは最新の部類で、粒子砲の超遠距離砲撃の観測・管制中継が可能という『戦域データリンク管制機』であった。もっとも、今回はその能力を使って主砲の砲撃を管制するのではない。あくまでデコイとして敵の正面に漂いその電子の〝目〟を誘引するのが第一の役目であり、その上でダミーの「超長距離レーザ砲撃」の照準動作を〝演じて〟みせるのが第二の役目だった。


 つまりこういうことである──。


 無人探査機プローブはカシハラの輻射管制ステルス時の運転状態を模した各種の欺瞞情報を周囲に放ちながら初期の進路上を先行する。そして前方を〝航行中〟の探査機は、ワープアウトした追手を探知するや──その際には自機も敵の探知の網に掛かっているかも知れないが──、搭載された長距離射撃管制用のレーザーを用い、超長距離砲撃を模した射撃管制に従って微弱な短時間照射を精密な射角制御の元に繰り返し照射してみせる。


 帝国軍装甲艦はそれヽヽをレーザーによる超長距離砲撃の観測照射と判断し、何らかの対抗措置を取るだろう。なんにせよそれは熱量の放射を伴うはずで、能動的な電磁波の発信アクティブセンシングをせずともカシハラは敵影を捉えられる。──その公算は強かった。


 ──敵より先に、相手の姿を捉える。


 これは古来より戦場で言われてきた鉄則である。


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