皇女と候補生と航宙軍艦 カシハラ号

４１ やられっ放しって訳にゃいかないだろ

登場人物

・タカユキ・ツナミ：ＨＭＳカシハラ勅任艦長、２２歳、男

・ユウ・ミシマ：同副長兼船務長、２２歳、男

・イツキ・ハヤミ：同航宙長、２３歳、男

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン：

　ミュローン帝国皇位継承権者、１８歳、女

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６月１１日　０９００時

【Ｈ．Ｍ．Ｓ．カシハラ　／艦橋】

「総員……っ！　──衝撃に備え‼」

　その場に居た誰もが、一歩たりと動くことが出来ないでいた。

　各々がこれまでに経験したことのない〝衝撃〟に備え、身を強張らせ、呼吸さえ止めた中で、艦橋の窓に降りた装甲シャッタの内側に映る像──高速の光源が尾を引いて真っ直ぐに飛び込んでくる画（え）に〝圧〟を感じたように思う。

　コマ送りの描写の中、〝その瞬間〟がなかなか訪れないことにもどかしさを感じ始めた時にはもう、正面の画面はホワイトアウトしていた──。

　──まだ〝生きて〟いる……？

　背中に伝う冷たい汗を感じながら、ユウ・ミシマは五感を澄ました。……どうやら無事だ。

　隣の指令席を見遣る。エリン・エストリスセンは、それでも正面を向いていたが、その口許から小さく鳴る歯の音をミシマは聞いていた。

　拡声器（スピーカ）からＣＩＣのコトミ・シンジョウの、比較的冷静な声が響いた。

『──上部構造物に着弾！　各部、被害状況送れ』

　ミシマは艦橋内に視線を巡らせると、副長席から艦内通話機（インタカム）を操作した。

「ＣＩＣ艦橋、艦橋に損害（ダメージ）なし…状況不明……　──艦橋に着弾したのか？」

『──弾体は着弾の前に爆散、散布界がまともに上部構造物を襲った模様』

「爆散……？」

　最初ミシマは、意味が解らなかった。高速で突入してきた宙雷は、誘導された弾頭部がもう衝突確実な段階だった……。爆散させて破片を散らす必要が──

　──！

　そこまで思考を進めて、閃くものがあった。

「（──散乱砂（パウダー）…だったの…か……！）」

　ミシマは何が〝仕掛け〟られたのか、いま漸（ようや）く理解することができた。

　艦（カシハラ）を襲った７発の誘導宙雷の弾頭は何（いず）れも散乱砂だったのだろう──皇女殿下が座乗している以上、船殻を傷つける様な弾頭を用いるはずがなかった。

　航宙艦艇用の宙雷に用いられる散乱砂弾頭は、爆散後の散布界は小さく、密度はそれなりに高い──。秒速１００キロを超えるガラス質の砂礫の嵐が航宙艦の艦体を襲ったとしても致命的な損害に繋がることはないが、艦体各所に艤装された設備・装置類はそういうわけにもいかない。場合によっては破損もするだろうし、脆弱な探知機器類はとくに重大な影響を受けるだろう。

　散乱砂の選択は、派手な演出で実害を与えずに心理的な打撃を与えるためで──、つまり我々の心胆を寒からしむると同時に接舷隊の退避撤退を援（たす）ける〝一石二鳥〟の手（ヽ）だった、ということだ。

　──やられたな……。

　ミシマはミュローンに完全に翻弄されている事実──自らの見通しの甘さ──を痛感せざるを得なかった。

　カシハラの受けた損害は、上部構造物に据えられた探知機器の三割ほどが散乱砂の雲との接触で〝持っていかれた〟──という比較的軽微なものだった。その程度であれば補修部品を用い復旧を見込むことができる。

　帝国宇宙軍（ミュローン）の装甲艦（アスグラム）は、カシハラの後方へと回り込み〝接舷隊〟──３機の接舷攻撃支援機と接舷航宙機動艇を回収している。

　カシハラはその間に加速を続け、距離と速度を稼ぐことができた。

　その後１．６５Ｇの巡航加速へと移行したカシハラの後方を、１万７千キロを距て装甲艦（アスグラム）が追尾──再び距離を詰めようとしている。

６月１１日　１９００時

【Ｈ．Ｍ．Ｓ．カシハラ　／士官室】

　カシハラは現在（いま）、第２哨戒配備で１Ｇ巡航加速を続けている。

　その副長のユウ・ミシマは、人気のない士官室の舷窓の前に立っていた。つい先日まで士官候補生だった同僚の多くは使い慣れた士官次室（ガンルーム）の方を使っているので、この士官室を使う者は少なかった。──だからいまミシマはここに足を向けたのだろう。

　次の直交代──初夜直まで１時間。ミシマは舷窓から瞬くことのない星の海を見遣りながら、帝国宇宙軍（ミュローン）の接舷隊に〝いいよう〟に、されるがままだった事実（こと）を静かに噛みしめていた。

　ミュローンは恥辱を忘れない──。〝ミュローンの誰よりもミュローンらしくあれ〟と育ったミシマ家の男として、このことは看過のできないことだった。

　背後で気密扉がスライドした音がした。誰か（ヽヽ）の気配が近づいて来る。──タカユキ──〝艦長〟の気配であることには気付いていた。本来であれば敬礼するべきだったが、このときはそうしなかった。

「──ここだったか……」

　タカユキ・ツナミはミシマの横へと歩を進めてきた。並ぶと、黙って舷窓に目をやる。不機嫌そうな表情（かお）だった……。二人とも、しばらく黙ったままだった。

　すると再び気密扉がスライドした。

「おう、ここか──」　航宙長のイツキ・ハヤミだった。「……なにオトコ二人で辛気臭い顔並べてんだよ？」

　そう言って長机の手近な席に座った。だが、その後は珍しく黙っている。

　しばらく経ってから、ミシマが口を開いた。目線はツナミにもイツキにも向けない。

「すまなかった……僕のミスだ　──目論見が甘かったよ……　お前たちが〝怒り〟を覚えて当然だ」

　同期首席（クラスヘッド）のそんな言葉を耳にして、ツナミは思いっきり顔を顰めた。イツキは腕組みをして天井を見上げた。

　ミシマの目線が、舷窓の硬化樹脂に映り込んだツナミのそれと合う。

「確かに〝怒り〟は感じてるが、それは貴様にじゃない」

　ツナミは表情を改めて言った。「──そんな甘い目論見に乗っかって、それ以上〝考えを進めること〟をしなかった、俺自身に、だ」

　ミシマは、舷窓に映り込んだツナミの目から、横に並んだ実像の横顔へと視線を移した。

「──俺だって同じだよ……」

　これはイツキの声だった。「先入観で艦（ふね）の行き先を決めてた　──民間定期航路の３等航宙士じゃねーんだから、そりゃダメだわ……　──いっとくがこの艦（ふね）の〝航宙長〟は俺なんだぜ？」

　イツキの彼らしい最後の締めくくり方に、思わずミシマも苦笑する。ツナミが真っ直ぐに自分へと向き直ったので、ミシマも顔を向けた。

「──ともかく、あの装甲艦は排除する」

　ツナミが決意を持った顔で言う。それにイツキの声が重なった。

「やられっ放しって訳にゃいかないだろ」

　ミシマは深く頷いて応えた。

「そうだな……　反撃しよう」

６月１２日　００２０時

【カシハラ　／指令公室】

　艦長の立案を各科で検討し最終的な作戦計画の形になったのは、跳躍点（ワープポイント）〝Ｇ（ゴルフ）〟への行程も半ばに達したところで、時刻は日付も変わろうという頃だった。

　ツナミはミシマ、アマハと共に司令公室にエリン皇女殿下を訪れ、作戦の裁可を仰いだ。

　エリンは作戦計画書を自ら手に取ると、概ねその意図を理解したようだった。

「──沈めるのですか？　帝国（ミュローン）の宇宙船（ふね）を」

　一瞬の逡巡──あの艦橋（ブリッジ）での着弾の瞬間を思い出したのだろうか──の後に、彼女は静かに艦長に訊いた。

「最低限、艦（ふね）の行動力は奪います」　ツナミは迷いのない表情（かお）で答えた。

　エリンは、その艦長の横に立つミシマを一瞬見やったが、その表情が艦長と同じものであることに、これ以上言葉を続けることをやめた。

「それが〝最善手〟なのであれば」

　そう言ってツナミとミシマ、そしてアマハの三人に頷いてみせる。それで本作戦は決まった。

　三人は一礼して退がった。

　作戦の骨子は至って単純（シンプル）なものである。

　本艦の正面、決戦距離 （２千～６千キロ）の内に敵艦を捉え、主砲──粒子加速砲の砲撃によってこれを撃破するのだ。

　敵がこちらを「撃てない」からと言って、こちらも敵を撃てないわけではない。それは前提であったはずだが、確かにこれまで、ツナミらは無意識のうちに帝国宇宙軍（ミュローン）への砲撃を避けていた。

　まったく……。

　──やはり学生気分が抜けていなかったか、それともエリン殿下の〝毒気の無さ〟に引き込まれてしまっていたか……。

　だが、いまの彼らにそんな余裕はなかった。持てるカード（アドバンテージ）はフルに使わせてもらう。

　生き残るために、だ。