第3話 航宙軍の宇宙船 ──練習巡航艦カシハラ
12 ではエリン皇女殿下が継承権第一位に……
登場人物
・アーディ・アルセ:帝国宇宙軍装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男
・メルヒオア・バールケ:帝国宇宙軍情報本部付特務中佐、34歳、男
・マッティア:アスグラム第一副長/航行管制、中佐、36歳、男
・ネイ:アスグラム第二副長/戦闘情報管制、少佐、31歳、女
・カルノー:アスグラム宙兵隊長、少佐、35歳、男
・ステッキン:アスグラム艦医、軍医大尉、38歳、男、ミュローン名家の出身
・カウプラン:帝国宇宙軍情報本部付特務大尉、28歳、男、バールケの腹心
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6月6日 1100時
【アスグラム/ 艦長公室】
急遽この場に招集されたのは、艦長と特務中佐の他、第一副長のマッティア中佐、宙兵隊少佐のカルノー、軍医大尉のステッキンといった機関長を除くミュローン軍艦の伝統的
ブレーン中の筆頭格である第一副長が口を開いた。
「では現在はエリン皇女殿下が継承権第一位に繰り上がったということなのですね?」
電文が伝えるところによれば、皇位継承権の第二位のオステア公トゥーサンは事故による不慮の死を遂げ、第三位たるモートルレ公ローランは隣星域へ亡命したとのことである。オステア公の死は即位のため在所のオステアよりベイアトリス本国への移動中の事故であり、モートルレ公の亡命は
「──それで、殿下の在処が不明というのは?」
副長の問いにはカウプラン大尉が回答した。
「今朝方に警護の者を撒かれたそうです。その後の足取りは現地の工作員が捜索しております」
「ここには〝黒袖組〟と接触とあるが……これは?」
「スノデル伯の娘、ということでしょう。──伯は自由星系自治派に近いお考えの方だ」
資料を見た宙兵隊のカルノー少佐の問いに、ステッキン軍医大尉が忌々しげな口調で割って入る。ステッキンは階級こそ大尉であったがミュローンの門閥に列なる名家の出身である。賢明なカルノー少佐は深入りすることをせずに続けた。
「なぜ接触する前に保護できなかったのです?」
「これは情報本部の失態、というコトですな」
ステッキンがバールケ特務中佐を睨め上げる。
「しかし庶流の姫君ですよ! ──本作戦行動における殿下の保護は二義的であり、現地工作員の領域だったはずです」
若さの故か言下に反駁してしまったカウプラン大尉だったが、すかさずバールケに窘められる。
「口を慎め大尉 ──
そしてバールケは、ステッキンをはじめ艦の
「面目の次第もありません」
エリン皇女の警備態勢が甘く、この事態に際して保護が遅れた背景には、彼女の継承権順位の問題よりも、その出自からくる帝室内の扱いの問題であることは、全員がミュローンであるこの場の出席者の誰もが周知のことであった。
エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンは、一昨日の未明に崩御された前皇帝グスタフ22世の第4子、アドリアンネ・ソフィア・ルイゼと平民出自の大学教授クリストフェル・プルヘムとの間に生まれた。いわゆる庶流の皇女である。
父クリストフェルは、アドリアンネ皇女との釣り合い上、婚儀に際してスノデル伯爵に叙せられているが、元来が宥和主義を奉ずる学者であり帝国諸星系から上がる連邦的改変を求める声に肯定的な男であった。
そんなクリストフェルに妻もまた理解を示していたと伝えられる。それがミュローン保守層から疎まれることとなった。
エリンが6歳の時に母アドリアンネが没する。病死であった。
この時エリンの皇位継承権は母を襲って繰り上がり第4位となる。
庶流とはいえ彼女の他には3人の伯父以外に継承権を持つ者はないという身であったが、体制の主流から距離を置く親子は冷遇される。
が、もともとが平民の出自であったクリストフェルは帝室の中央にこだわりをみせなかった。むしろ娘を
ミュローン帝室もまた、それを良しとしていた。
「──現在、〝黒袖組〟の内部に網を張っております」 バールケ特務中佐が状況の説明を続けた。「上手く運べば工作活動の後始末と皇女殿下の確保、一気に片づけることができます」
「エリン殿下を迎え入れようという〝黒袖組〟のその
ここでアルセ大佐がバールケに静かに訊いた。
「先程モンドリアン大尉から制圧開始の連絡がありました。──〝ホリディ〟は未着だったそうです」
バールケが答えると、またしてもステッキンが間の抜けた声で割り込んだ。
「〝ホリディ〟?」
「エリン殿下の符牒です」 ──これはカウプラン大尉が補足した。
アルセは内心で息を吐いた。──つまり皇女殿下確保の段取りについては、不確定要素でしかない、ということだ。
宙港の制圧の方は、港内に星系同盟航宙軍の巡航艦の存在が確認され、この無力化と接収には骨が折れそうだった。そもそも航宙軍との衝突は想定しておらす、これは面白くない。
と、そこに第二艦橋のネイ少佐から
「何だ?」
『宙港内の制圧に向かわせた機動機隊の内、1小隊が航宙軍の艦と交戦状態に入りました』
アルセ艦長は黙って回線をスピーカに繋げ、参加者全員に開示した。
『──航宙軍艦は我が方の機関停止と武装解除の要求に応じず。機動機隊による警告射撃を実施…… 規定に従い機関部への攻撃に入ります』
これは確かに規定の行動ではあったが、それは
アルセは嫌な感覚を得たが、果たしてその感覚に沿って状況は推移することとなった。
『──航宙軍艦に熱源発生! 機動機隊の反応……ロスト ──全機撃墜されました…… パルスレーザの照射です』
「…………」「…………」「…………」「…………」
それは、その場にいる者の言葉を失わせる事態だった。
「艦長より第二艦橋── 港に向かわせた機動機・小艇を今すぐ引き上げさせろ……全てだ。2分後に艦橋に上がる」
アルセはすぐさま指示を出すと立ち上がった。その場の集まっていたブレーンらもそれぞれに席を立つ。そんな中でバールケだけが静かに口を開いた。
「これは宇宙軍側の失態、ということですかな……?」
その言葉にいきり立つステッキンには構わず、アルセは艦長公室を出た。
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