13 なら自分の仕事をしなさいよ


登場人物

・ユウ・ミシマ:宙兵78期 卒業席次1番、船務科船務長補、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同席次4番、航宙科航宙長補、23歳、男

・ユウイチ・マシバ:同席次8番、技術科技術長補、21歳、男、ハッカー


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女、エリナス・ブラムの偽名を名乗る

・ガブリロ・ブラム:

 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男


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 エリン皇女と〝黒袖組〟のガブリロ、それに航宙軍士官候補生3人の乗る救命艇ボートは、カシハラによるパルスレーザの発砲後しばらく様子を見てから宙港──大桟橋周辺の空域に侵入していた。

 すぐにでも〝黒袖組の宇宙船ふね『オルレアンの乙女』号〟に向かうと主張するガブリロを、全員で何とか諫めた結果だった。


 ──最初、銃を手に主張を押し通す構えのガブリロだったが、最終的にはパイロットのイツキに戦闘空域での航宙を拒否されてしまうと、航宙船舶の操縦ができない彼としては譲歩せざるをえなかった、というわけである。



6月6日 1130時

第一軌道宇宙港テルマセク/ 港内 救命艇ボート 操舵室】


 港内には既に帝国宇宙軍ミュローンの機動機の姿はなかった。

 ようやく組織の用意した宇宙船ふねに辿り着くことができ、視界にその恒星間大型ヨットの輝く船体を収めてすっかり高揚したガブリロがさっそく通信を試み始める。──しかしヨットからの応答はなかった。



「──ミシマ……?」「…ああ……」


 そんなガブリロの座る副操縦席の隣のイツキとその後ろに立つミシマの二人が、大桟橋のC-4に接舷されている大型ヨットの異変に気付いたのは、接舷のために相対速度と角速度の同期を終えて操舵室の窓から船体を視認した時だった。


 港内は相変わらず強力な電波障害が発生していて宇宙港テルマセク管制からの誘導を期待するべくもなかった。だからイツキは手動操縦マニュアルでヨットとの定位置を捉えたのだが、そこから『オルレアンの乙女』高速ヨットに先客──既に横付けされた小艇──がいるのを確認し眉を顰める。


 ガブリロの話と違うし、何より完璧な輻射管制ステルスを行っているその漆黒に染められた船体が何とも胡散くさかった。嫌な感じしかしなかった……。



 ミシマは狭い操舵室内の操縦席と副操縦席の間から、ガブリロの座る副操縦席の制御盤コンソールに手を伸ばす。小型のちいさな救命艇ボートには対加速度慣性制御イナーシャル・キャンセラーなんてないので艇内は無重力状態である。

 ガブリロはヘッドセットを装着したまま、無理な姿勢で操作に手こずるミシマを迷惑そうな表情かおで見やっていたが、そのガブリロについに操縦席のイツキが声を上げた。


「──〝お兄さん〟… ちょっと申し訳ないんだけど、ミシマに席、譲ってもらえないかな? ──なんだかヤバいことになってそうだ」


 イツキとしては本人曰くの軽妙な語り口のつもりだったが、それはガブリロの癇に障ったようだった。表情を硬くしたガブリロが、再び懐の銃に手を伸ばす。


「この場の指示は私が執ると言ったはずだ! 勝手な行動は──」


 そのセリフはミシマが遮った。


「──ガブリロさん、ヨットへの呼掛け、続けてください」


 まだ状況を飲み込めずにいるガブリロを軽く押し退けるようにして、ミシマが副操縦席制御盤コンソールの正面に滑り込んだ。


「──接舷ドッキングしてる。完全な輻射ふくしゃ管制…… でもエンジンは動いてるだろうな……」



「ミュローンか?」 ──イツキが訊いた。それは確認の色を帯びている。


「……じゃないかな」

 ミシマも同意する、といった感じの目線を返す。「──あんな特殊仕様の小艇、ミュローンか『地球』の特殊部隊くらいしか保有してもってないだろうからね」


 〝ミュローン〟や〝特殊部隊〟といった単語と、その不穏当な物言いに反応したガブリロが、不安そうな表情になって言う。


「な、なんだ? ミュローンと言ったか? いっ、いったい何がどう……」


「ミュローンの特殊部隊ですって?」

 そのセリフは、今度はマシバの声に遮られた。「──〝黒袖組〟の宇宙船ふね、制圧されちゃってますか?」


 無重力状態下の艇内で、士官学校では実技系教練の最下位及第生──落第一歩手前の彼だったが、それでもガブリロよりは余程器用な身のこなしで操舵室に流れて来た。


「おそらく、ね……」 コンソールの操作を止めるでなくミシマが応える。「──のこのこ出てったら捕まるね……」


「狙いはお姫さん?」


 こちらも制御盤コンソールの操作が忙しくなってきたイツキがミシマに訪ね合せてくる。


「多分…」 と、そこでミシマが手を止め、真剣な目でイツキを向いた。「──お前さ、それ〝不敬〟だぞ」


 言われて初めて、イツキは神妙な顔つきになってミシマを見返した。



 星系同盟に属す彼らの母星系『オオヤシマ』は〝元首を持たない〟立憲民主制を敷いているが、そもそも帝政連合ミュローンの下で自治権を認められた自治領国である。


 ミュローンの君主こそ戴いてはいないものの、対外的には帝政連合ミュローンが外交軍事を代表しており、皇帝は形式上宗主国の元首と位置付けられている。『オオヤシマ』の国家公務員たる彼らが皇女殿下を『お姫さん』呼ばわりすることは〝不敬〟であった。

 イツキにしては珍しく反省の表情が浮かんでいる。



 そんなイツキとミシマの間に、如何にも若輩面したマシバが割って入ってきて言った。


「席、替わります」 言って操舵室の天井に収納されていた予備座席シートを引き出してミシマに示す。

「──ミシマさんは予備席に ──お客さんはキャビンの方へ……」


 操縦はともかく航法ナビゲーションはマシバの方が得意だった。ミシマとマシバが空中で躰を入れ替えるように移動する。



 しかし〝お客さん〟──ガブリロの方は抵抗する素振りをみせた。


「な、何を言っているんだ…… ここは私が……お前たち、まさか我々をミュローンに──」


 それにはイツキが反応するよりも早くにマシバが応じた。


「あのさ‼ アンタにここに居座られても迷惑なだけなんだよ! わかる⁉ アンタ何もできないでしょう‼ ここはミュローンの手から逃げるのが先でしょうに!」 襟首を掴みそうな勢いだった。「──何があっても皇女殿下をミュローンから守るのがあなたの役目なんでしょ? なら自分の仕事をしなさいよ」


 その気魄に押されるようにガブリロは操舵室を後にした。

 ミシマとイツキが目を見合わせる。



 ガブリロが何とかキャビンへと流れていくと、既にエリンがシートベルトで身体を固定し終えていた。


 目線が合ったが、ガブリロは何も言わず自分の方から目線を下ろした。彼女から離れた席に収まってシートベルトを引き出す。


 ──もうこれ以上、誰かの足を引っ張るようなことはできない……自分のできる最低限の仕事をしなければ……。


 そう思うガブリロがシートベルトの装着を終えた時、救命艇ボートが加速を始めた。


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