クソマズアンパンマン、セミナー詐欺師をやっつける
能口深夜
本編(短編8000文字程度)
天は乾き、地は枯れ、どこまでも飢餓が蔓延していた。
砂塵の舞う荒野はどこまでも広がり、灼熱の太陽が無慈悲に肌を焼く。
その荒野を、幽鬼のようにふらふらと孤独にさまよう男が一人。
「み、水……食い物……」
男は、あえぐように言葉を絞り出すと、その場に崩れ落ちた。
後の世に平成の大飢饉と呼ばれる災厄の中、彼は滅びつつある故郷の村を旅立ち、食料と職業がまだ残る大都市・印旛日本医大前を 目指す逃避行の途中だったが、あわれにも飢えと渇きにより力尽きようとしていた。
男はそのまま動くこともできず、しばらくの時が過ぎた。すると、太陽の光を遮るように鳥影のようなものが一瞬さしたかと思うと、男の前に人影が静かに降り立った。あたかも空から降ってきたように。
「あ、あんたは……」
男はうめくようにたずねた。
「お腹がすいているんだね。僕の顔を食べなよ!」
あらわれた謎の人物は、そう言って顔の一部をむしりとると、男に手渡した。
それはパン――いや、中からのぞく艶めかしい漆黒。アンパンだ。
「あ、ああ…!まさか、まさかあなたは伝説の……!」
にっこりと男に笑みをむける男は、スーパーヒーローのようなマントとスーツ姿であり、そしてその人影の頭部は、巨大なアンパンそのものだった。
男は聞いたことがあった。
飢えた者の前に姿を現し、食品である自らの頭部を無償で差し出す、正義の味方の話を。
「まずは、ゆっくり食べて落ち着くんだ」
ヒーロースーツの怪人は水筒を差し出しながら優しく語りかける。
男は感謝の涙を目に浮かべ、それらを手に取った。
「ありがてえ……ありがてえ……」
そうして、ひとかみ。ひとかみ。咀嚼して、水とともに胃に送り込む。滋養と栄養が乾いた体に染み込んでいく。固形物を食べたのはいつぶりだろうか。男は滂沱の涙を流しながらむさぼり食べた。
しかし、ある程度食べ進んだところで、ふと、男は気づく。味に。なんだこれは。たしかにパンだ。餡が入っている。だがなんだこの味は。この味は――。
「まっずッッ!」
「うん、味を感じれるぐらいになったらもう安心だね」
「こ、この味は……?くっそまずい……!!」
「ぼくのこのアンパンは、よけいな一手間を加えることに定評があるパン職人ジャマおじさんによって作られているんだよ」
「よけいな一手間?」
「今回はたしか、アンコにリコリス(甘草)をたっぷり混ぜたって言ってたっけ?」
「世界一まずい飴こと、サルミアッキの原料じゃねえか!」
空腹が極まっていた時は気づかなかった。だが、今となっては気づいてしまった。舌の上にじんわりと残るゴムのような味わいにむせていると、アンパンは男の背中をやさしくさすりながら、言った。
「僕の名前はクソマズアンパンマン。飢えて苦しむ人を助ける正義の味方だ。君の名前は?」
水筒の水で味を洗い落としつつ、男は答えた。
「……シカオ……押上村のシカオだ。印旛日本医大前までの旅の途中だ」
「それにしても」
クソマズアンパンマンはシカオをじっと見つめて言った。
「すっかりやせ細ってしまって。栄養失調だ。今の炭水化物だけじゃ、このまま旅を続けるなんて無茶だよ」
ふいに、空から声がかけられる。
「おーい!クソマズアンパンマン!また人助けかい?」
「あっ!君は!ちょうどいいところに!」
シカオの前に、新たに二人の影が空から降り立った。ヒーロースーツに、マント。クソマズアンパンマンと同じようなスーパーヒーロー姿だ。
「二人は僕の友達なんだ。きっと君にビタミンと良質なタンパク質を提供してくれるはずだ」
「お、おお」
シカオはうめいた。気にせずクソマズアンパンマンは続けた。
「紹介するよ」
クソマズアンパンマンの言葉を聞き、ゴクリ、シカオの喉が鳴る。一人は牛乳パックみたいな頭だ。もうひとりは缶詰の頭である。クソマズアンパンマンと、おそらく同じような正義の味方なのだろう。だが――。
「ガチの青汁マンと、シュールストレミングスマンだ」
「よろしく」「おまえ、運が良かったな」
「なんでまたよりによってそこ選ぶんだよッ!」
◆
地獄のような晩餐を経て、すっかり体力を回復させたシカオは、翌日、三人のヒーローに礼を言って、再び旅を続けることにした。
「ありがとうよ。クソマズアンパンマン、ガチの青汁マン、シュールストレミングスマン。あんたたちのおかげで、命をつなぐことができた。二度と食べたいとは思わないが、ともかくあんなたちは命の恩人だ。……二度と食べたいとは思わないが」
「どういたしまして!それがぼくたちの使命だからね!」
「いつか必ずこのお礼はさせてくれ。二度と食べたいとは思わないが」
「そうだ、このまま行かせてのたれ死なれても夢見が悪い。弁当の代わりにこれをもっていけ」
シュールストレミングスマンは、なにやら巾着をごそごそしたと思うと、大きなマッシュルームのようなものを取り出した。
「これは?キノコ?」
シカオは首をかしげた。
「いざとなったら焼いて食べればいい」
「いや、だからこのキノコは……何のキノコだ?」
「ああ、これね」
ガチの青汁マンは、シカオの不安を察した。
「ヒーロー仲間の、種類が不明なキノコマンのキノコさ」
「おまえら種類が不明なキノコに手を出しちゃダメって教わらんかったんかい!」
クソマズアンパンマンがすかさずフォローに入る。
「ちなみに種類が不明なキノコマンの頭に生えるキノコは完全にランダムなんだよ!」
そんな情報はいらない。シカオは心の底からそう思った。
こうして三人と別れたシカオは、ふところに残されたキノコには決して手を出さないと固く誓いつつ、一路、印旛日本医大前へ続く荒野の道を急ぐのだった。
◆
それから二日後、シカオはようやく印旛日本医大前の巨大な城郭へたどり着いていた。跳ね橋の向こうの門には、ボロをまとった数多くの人間が、長蛇の列を作っている。おそらく彼らもまた、食料と職業をもとめてこの街へ旅してきたのだろう。
城郭の周辺には粗末な作りの天幕が立ち並び、生きているのか死んでいるのか、やせこけた人々が座り込んでいたり、倒れ伏していたりしている。彼らは街の中に入ることができなかったのだろうか。
そういった光景にうら寂しさを感じながら、ぼんやりとながめていると、突然シカオは後ろから声をかけられた。
「この街には今ついたのかい?」
「えっ、あ……」
シカオが振り向くとそこには、貧乏には間違いないだろうが、それでも幾分か自分よりましな格好をした、筋肉質の男がいた。
「あ、ああ。俺はシカオ。押上村から来た。あんたは?」
「ここいらの炊き出しの世話をしてる、街のもんさ。本職は大工だがな。もうすぐ炊き出しの時間だぞ」
「なあ、あんた、こいつらはなんで門の中に入れないんだ?」
「そりゃあ……そうだな、門に入るには税金をはらわにゃあいかん。どんな貧乏人でも金持ちでも、一律一万円程度の税金がな」
「ええっ!?」
「その税金が払えないやつらは…たとえ遠くの街からはるばるやってきたとしても、どうしようもない。こうして城の外で寝転がってるぐらいしかできないわけだ」
「そんな!カネが無いから仕事を求めてこの街までやってきたんだぞ!」
「俺に言われてもな」
「累進課税制度は無いのか!?」
「俺に言われてもな」
「まあ、暴徒化しないように、メシだけは炊き出しで与えるよう上からの方針でな、俺ら下町の人間が週替りで受け持ってるってわけだ。で、お前は街に入るカネはあるのか?」
「…………」
押上村まで戻るという選択肢は無い。炎天下の中、食料も無く、一週間以上荒野を歩くことになるだろう。それに、戻ったとしても食料も無い。ボロボロのほったて小屋と万年床があるだけである。
かといって、このまま街に入れず、仕事もなければ、炊き出しで食いつないでいても、きっといつしか気力も体力も萎え……待つのは緩慢な破滅だ。
「うう……」
八方塞がりである。カネがない者はカネを得るすべを与えられない。カネを得ることができるのは最初からカネを持っている者だけ。この国にしろ、どの国にしろ、どの時代にしろ、これは共通した絶対の事実なのだ。
「まあ、気を落とすな。ん、なんだその袋は?」
世話役はめざとく、シカオの腰の袋に目をつけた。
「あ、ああ……これは……」
シュールストレミングスマンがくれた、種類が不明なキノコマン由来の種類が不明なキノコだ。あらためて考えてみると、かなり意味不明なしろものだ。
「種類が不明なキノコだ」
「何だ?食うのか?やめたほうがいいぞ。種類が不明なキノコを食べるやつはバカだからな」
「わかっている」
「とはいえ……」
シカオの今持っている持ち物はこれだけだ。もし、食べ物だったとしたら、売り物になるし、少しでもカネがあれば、それを元手に、少しづつ増やすことができるかもしれない。
「あのさ、街にキノコの専門店みたいなところないかな?もしあったら、このキノコを売りたいんだけど」
「なるほど、専門家なら種類がわかるってことか」
世話役は腕を組んで考えるそぶりをした。
「それなら、ちょうどいい。明日の炊き出し担当は、青果の卸だ。やつなら、キノコのことも詳しいだろう。相談してみな」
「すまない、たすかった」
「なに、こんなご時世だ。明日は我が身だからな」
◆
「こ、このキノコは……!すごい、こんな大きな白トリュフは見たことがない!」
「えっ」
卸売り業者の台詞は予想外のものだった。
白トリュフ、それは高級食材の中の高級食材である。高級なキノコといえば、松茸を想像する者も多いだろう。だが、白トリュフは百グラムで五万円と、まさに桁違いだ。さらにギネスにものった通常の大きさの十倍近い一・三キロの白トリュフは、なんと一塊三八〇〇万円の値がついたことがある。
そして、種類が不明なキノコマンの頭部でもあったという、白トリュフは……一・三キロといったレベルではない。ゴクリ……つばを飲む音が、絶句したシカオと卸売り業者の間に響いた。
◆
こうして、シカオの懐には、少なくとも彼にとっては莫大なカネが突如、転がり込むことになったのである。取引を終えたその日のうちに、シカオは城門をくぐり、印旛日本医大前の街に入ることに成功した。
それから先は、目の回るような忙しさである。とりあえずの住む場所を定め、生活用品を用意し、複数の銀行口座を開設し、取引を完了させ……。ようやく落ち着いたのは、街に着いてから二週間が過ぎた頃だった。
その後は、仕事を探す……はずだった。しかし、十年程度であれば十分遊んで暮らせる程度の貯金が保証された今となっては、どうもシカオは働く気持ちが起きなかった。冷房のきいた部屋で、アイスクリームを食べながら、テレビを見る……。そんな怠惰な生活へと、次第次第にのめり込んでいってしまう。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。
シカオは日が落ちると日課になっている、住居の近所にある寿司屋へ足を運ぶ。この寿司屋は、値段は張るが、なかなか旨い。すっかり美食にならされたシカオの舌をも満足させる、今では数少ない名店だ。
日本酒をちびりちびりとやりながら、握りをほうばるシカオに、隣の席に座った男が声をかけてきた。
「シンコですか。この時期はこれに限りますね」
「え、あ、まぁそうですね」
シンコとはコハダの幼魚で、夏の限られた時期にのみ市場に現れる幻の寿司ネタだ。一貫あたり二千円はするだろう。当然シカオは今年初めて食べたのだが、見栄を張ってそう答えた。
そして声をかけてきた男へふりむくと、そこには高級スーツに身を包む――頭が酒瓶の男がいた。
「わあっ!あんた何者だ!?」
「申し遅れました、ワタクシは幻の焼酎・森伊蔵マンです。以後お見知りおきを。よくこの店にいらっしゃるようですね」
「あ、ああ……俺はシカオだ……。あんたもヒーローなのか?」
「ヒーロー!?」
森伊蔵マンはおおげさにかぶりをふった。
「ワタクシはヒーローなんかじゃありませんよ!あんな貧乏たらしい……。失礼、ワタクシはイノベーター。早く言えば起業家というやつですよ!」
「起業家!」
シカオはドキッとした。今まで周囲にこのようなタイプの人間はいなかった。どこか遠くの場所……頭のいいヤツが……自分の知らない世界で……すごい金額をもうけている。それがシカオにとって起業家のイメージである。
「おや、起業に興味がおありで?」
森伊蔵マンはにやりと笑みを浮かべた。
シカオは正直なところ、今となっては働きたくなかった。だが、このままでは貯金は目減りするばかりだし、一生遊んで暮らせるわけでもない。
しかし、起業であれば――。
ある程度まとまったカネがある人間であれば、そこまで苦労せずカネを増やせるかもしれない。そういうふうに、考えないこともなかったのである。
「ああ、でも俺には学が無いからな。何をすればいいのかすらわからない。そんな俺が、起業できるとは思わないよ」
「学は必要ありませんッ!」
パシッ!森伊蔵マンは突然両手のひらを打ち合わせた。
「よろしい、いいでしょう。どうでしょうか、今度ワタクシのセミナーに参加してはいかがでしょうか?オンラインサロンというのも ございます。そこで学んだメソッドを忠実に実行すれば、百パーセント儲かることはワタクシが保証します!」
◆
あれから半年――。
シカオは再び一文無へと逆戻りしていた。いや、一文無しというレベルではない。借金も負ってしまった。
森伊蔵マンのセミナー会場へおもむいたシカオは、最初、セミナー参加費に二十万円が必要と言われて躊躇した。が、初期投資であると言いすくめられたのと、他のセミナー参加者がポンポンと参加費を払っているのを見て、「ここで帰ったところで、何にもならない」と思い直し、結局二十万円を支払った。
セミナーの内容は、おそらくすばらしいものだったと思う。シカオは熱心にノートを取り、わからない場所については真面目に勉強した。人生で最も充実していた日々だったかもしれない。
そのうち、森伊蔵マンの伝手で紹介されたセレブである、最高級キャビアマン(頭はキャビアの瓶詰めだ)の起業塾にも足を運ぶことになった。入塾費は五十八万円。紹介してくれた森伊蔵マンへの義理もあり、これもまた支払った。
しばらくすると、金融商品も勧められるようになった。メンターとなったのは0コンマ一秒で十億稼ぐ男こと、初売りのマグロマン(頭部は初売りのマグロである)。森伊蔵マンの古くからの知り合いとのことだった。
そうして、手を変え、品を変え、シカオはその財産を少しづつ目減りさせていき……ついには借金を追うことになったのだ。
「どうしてこうなった……」
シカオは自問自答した。そしてようやく気づいたのだ。彼らは強欲な詐欺師であった。口が「うまい」ヤツが弱いやつを食い物にしたということに。
「お、俺は<食い物>に食い物にされていたのか…っ!」
「しかも、<うまい>やつらにおいしくいただかれていたのか……っ!」
苦悶に身をよじらせるシカオ。その時、住居の扉が乱暴に打ち破られた。
「ひっ!」
「借金の取り立てじゃゴラァ!さっさとカネよこさんかい!」
怒号と共に玄関からシカオの部屋の中に乗り込んできたのは、数名のヤクザ。そして全ての元凶である森伊蔵マンだった。
「も……森伊蔵マン!だましたな!なにが百パーセントもうかる、だ!」
「だまらっしゃい!」
反射的に身をすくめるシカオに、森伊蔵マンはたたみかけた。
「しょせん、この世はバカをだました者が勝者なのですよ!そう、おいしく食べられるか、食べるか――。それだけなのです!」
「――それは、どうかな?」
ハッ!と玄関の向こうから聞こえた声に振り向いたヤクザたち。ゆっくりと姿を表したのは、真っ赤なヒーロースーツの男――。
「ゲロマズアンパンマン!」
シカオは叫んだ。
それに構わず、クソマズアンパンマンは言葉を続けた。
「僕はおいしく食べられないぞ!」
クソマズアンパンはヤクザたちに決然と対峙する。
「ゲロマズアンパンマン――何者ですか」
森伊蔵マンは聞いた。
「正義の味方・クソマズアンパンマンだ。ゲロマズじゃないのでそこのところはよろしく」
クソマズアンパンがそう答えると、シカオは名前を間違えていたことに気づき赤面した。
「弱い者をいじめて、自分だけいい目にあおうなんて、僕がゆるさないぞ!」
「あなたは、経済の仕組みというものを知らないようですね…」
森伊蔵マンは言った。
「お金があればなんでもできる!やりなさい!」
森伊蔵マンの指示によりヤクザたちが一斉にクソマズアンパンマンにおそいかかった。だが……。
「クソマズアンパーーンチ!!」
瞬間、クソマズアンパンマンの拳が炸裂し、ヤクザたちが次々と倒れていく。その動きは往年のボクシングチャンピオン、マイク・タイソンを彷彿させるものだった。
「つ、強い!くそまずくても流石にヒーローだ!」
シカオはぐっと拳を握りしめ、叫んだ。
「が、がんばれーー!クソマズアンパンマンーーー!」
「これは…!」
狼狽し、とっさに逃げようと背を向けた森伊蔵マンの側頭部に、クソマズアンパンマンのキックがクリーンヒットした。
「クソマズアンキーック!」
「ギャワーー!」
だが、クソマズアンパンマンもシカオも忘れていた。森伊蔵マンの頭部がガラス瓶であることを。キックにより砕けたガラスから飛び散る高級芋焼酎を、頭から浴びたクソマズアンパンマンは、その場にへなへなとひざをついた。
「どうしたんだ!クソマズアンパンマン!」
「うう……顔が濡れて力が出ない……」
「なんだって!?」
「ククク……それがおまえの弱点か……」
言葉が二人にふいに投げかけられた。
「誰だ!?」
シカオは玄関より現れた人物を見て、一瞬固まってしまった。やつらこそ、やつらこそ俺をこんな目にあわせた……。
「最高級キャビアマンに、初売りマグロマン!」
シカオは悲鳴のような声を上げた。
ピクピクと痙攣する森伊蔵マンを、輸入品の高級そうな革靴で軽く蹴ると、最高級キャビアマンは傲然と言った。
「森伊蔵マン。やつは我らの中でも最も安物……」
「高級食品の面汚しよ……!」
恰幅の良い二人の怪人の突然の参戦に加え、クソマズアンパンマンは力を失った状態である。シカオは絶体絶命のピンチを自覚した。
「シカオくん……部屋の窓を開けてくれないか……?」
「えっ、逃げるつもりなのか?ここは十一階だぞ!あ……いや、飛べるのか」
「ちがう……とにかく、窓を開けて……」
シカオは、ピクピクと痙攣する森伊蔵マンをなおも蹴り続ける最高級キャビアマンと初売りのマグロマンのすきをつき、窓を開けた。
すると、間髪入れずに遠くの方から、
「ーークソマズアンパンマン!新しい顔よーーー!」
という声が聞こえるやいなや、ものすごいきおいで巨大な何かが窓から飛び込んで来た。その巨大な何かはクソマズアンパンマンの頭部を吹き飛ばすようにして、首の上に合体する……!
「元気約二・五倍!クソマズアンパンマン!」
すっくと立ち上がるクソマズアンパンマンの姿に、今や驚きを隠せない最高級キャビアマンと初売りマグロマン。
「なっ!なんだと!」
「復活した!?」
口をぽかんと開けていたシカオは我に返り聞いた。
「クソマズアンパンマン、それは……」
「新しい顔さ!こんなこともあろうかと、恵体強肩で内外に名をとどろかせるマリアンヌ山口さんに予備の顔をまかせておいたんだ!」
「マリアンヌ山口……」
やけにバタくさい名前だな、とシカオは思った。
「そして僕のパンチ力は通常時で三百キログラムを越える……。今や二・五倍で七百キログラムだ!」
これはクソマズアンパンマンのこれまでの経験上、顔交換直後の平均的な強化度合いを正確に言い表した言葉だった。
なお、ハードパンチャーで知られるヘビー級ボクサー、マイク・タイソンのパンチ力は百七十七キログラムである。
「ゴクッ……正確な数字を出されるとリアルに怖い……」
「ふつうに元気百倍とか言って適当な感じにしてほしかった……」
すでに腰が引けている最高級キャビアマンと初売りマグロマンは、顔を見合わせるとすぐさま逃走を図ろうとした。だが、
「元気約二・五倍クソマズアンパーーーンチ!」
炸裂する熊をも屠るパンチ。
「「この世から……バイバイ金(きん)!!」」
二人は断末魔の叫びを上げながら、頭部を粉微塵に粉砕された。
「ふぅ」
「う、おおお……こ、これが七百キログラムのパンチ……ダンプカーに轢かれてもここまでには……」
◆
「なるほど、そういう事情だったんだね」
「ああ、あんたが来てくれなければ、一体どうなっていたことだか……本当にありがとう」
あの後、めちゃくちゃになった部屋から逃げるように飛び出たシカオたちは、人気もまばらな公園でこれまでの経緯を話し合っていた。
「ともかく、悪いやつをこらしめることができてよかったよ……!これからは気をつけてね!」
「ああ……思い知ったよ。うまい話には裏がある、そして……」
シカオは言った。
「良薬は口に苦しってね」
その時、シカオのお腹がぐうと鳴った。そういえば二日ほど何も食べていなかった……と、シカオは思い出した。クソマズアンパンマンは自分の顔をちぎると言った。
「僕の顔を食べなよ!」
「あ、ああ……!」
曖昧な笑みを浮かべアンパンのかけらを受け取るシカオ。一瞬の躊躇の後、それを口に運ぶ。香りは悪くない。咀嚼する。うん、うん、なるほど、こんな感じか……。
「まっっっずっっ!」
「今回のは、よけいな一手間をかけるのに定評があるパン屋の妖精ジャマおじさんが、あんこに『エスプレッソコーヒー』をたっぷり混ぜたらしいよ!」
人生はほろ苦い。そんなところまで食品で再現しなくてもいいじゃないか、とシカオは泣き笑いながら思ったのだった。
<完>
クソマズアンパンマン、セミナー詐欺師をやっつける 能口深夜 @ngchsny
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