第8話 真っ白なスケジュール
「ええ。北原から大体話は伺いました。それで、僕も実際にその写真を見ながらお話をしたくて……。ええ。はい。そうなんです」
もう「私」から「僕」に、一人称が変わっている。相手はおそらく気付いていないふりをしているのだろう。
「明日……、ですか?」
西尾は何も書かれていないホワイトボードに目をやって、唸った。
「すみません、明日はちょっと外せない仕事が入っていまして。すみません」
それを聞いて、北原は目をむいた。アルバイトとしてここに来てから、北原は西尾が仕事らしい仕事をしている姿を見ていない。そして、真っ白なホワイトボードが示す通り、この先一週間は何の用事も入っていないのだ。
「明後日の午後からは、いかがですか?」
西尾は北原に向かって、「静かに」と言うように、人差し指を立てていた。自分が仕事をしていないことを隠しておきたいのだろう。体裁だけは守りたいのだな、とあきれる。そして、大学を卒業したら、この西尾を反面教師として仕事を頑張ろうと決めた。
「ああ、そうですか。では、またこちらでよろしいですか? はい、もちろん。はい、失礼します」
電話を切った西尾は、どういう意味か、北原に向かってピースサインを送った。仕事が入ったことに対する喜びの表現だと思ったが、違った。
「喜びたまえ、北原君。知的美女が私に会いに来るそうだ」
「そうっすか。じゃあ、これは没収ですね」
「ああ~、殺生な~」
北原は盗撮カメラ入りのクッションを、台所の先にあるゴミ捨て場に移した。そこでカメラを撮り出して破壊した上で、ゴミ袋に詰めた。古い換気扇が機能しなかったのか、まだ煙草臭かった。
◆ ◆ ◆
東雲が再び魔法探偵事務所に、姿を現した。バッジをつけていなかったから、名刺を見るまで弁護士だと気付かなかったのだと、北原は今さらになって気付く。そして、先ほどから西尾の視線が東雲の結婚指輪のない指に注がれているのを見て、一つ大きく咳払いをした。西尾はすねたような顔をして、仕事の顔つきになった。北原はコーヒーを入れて、東雲と西尾に出して、自分は事務処理に戻った。ただし、これが事務仕事の範囲内だというのは、納得できなかった。西尾が昨日買ってきた大きめの水槽に、指定された物を入れてかき混ぜるという、単なる力仕事だったからだ。熱帯魚でも飼うつもりなのだろうか。大赤字のくせに、変なものばかりに散財して、アルバイト代は大丈夫なのだろうか。北原はそんな心配をしながら、書類の後始末の仕事に移った。
東雲は例の写真を西尾に見せ、西尾の様子を心配そうに見つめていた。
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