第7話 探偵の趣味
「魔法が歴史的には、人類史の中に実在しているということだよ」
西尾がにんまりと笑う。まるで猫のような顔だ。北原は背中に、冷水を流し込まれたように感じた。「魔法なんて作り話だ」と一蹴してしまえるが、歴史を見れば「魔法は実在する」のであり、全くの虚構とは言えないのだ。
「これは、今でもあり得る事なんだよ。だって人間は他者の存在によって自分を説明づける、唯一の生き物なんだから」
背中に流し込まれた冷水が、シャツの繊維に沿って広がり、背中全体を冷やしている。この男は、得体のしれない所がある。
「だから、この魔法探偵事務所は、全く変な名前でもないんだよ。ただ、理解してもらうのにちょっとややこしい説明がいるだけで」
「じゃあ、これからは普通に探偵事務所って言えばいいじゃないですか?」
北原はあきれた様子でそう進言した。しかし、西尾は首をぶるぶると振った。
「えー、ヤダよー。だって、こうでもしなきゃ、今日みたいな依頼が集まらないじゃないか!」
「今日みたいなって……、え? 依頼内容、知ってたんですか?」
「うーん? まあね。ほら」
西尾は、ソファーに座り直したかと思うと、自分の隣にあった黒いクッションを北原に向かって投げつけた。慌ててキャッチした北原は、そのクッションが重く感じられた。よく見ると、四角いクッションの端がほつれていて、中から何かのぞいている。小さな黒いレンズの様だ。
「これって、まさか……」
「そう。盗撮用のカメラだよ。秋葉原は天国だね~。メイドちゃんたちはかわいいし、こんな物まで手に入るんだから~」
「まさか、音声も?」
「おお! 北原君、今日は勘が鋭いね!」
「またメイドカフェ行ってたんですね? パチンコだけじゃなくて?」
「そうそう。今回は和風メイド喫茶にはまててさー。皆僕のこと褒めちぎるから、なかなか出られなくて~」
デレデレを絵に描いたような顔に、北原の堪忍袋は限界を迎えようとしていた。
「彼女たちがあんたに優しいのは、それが仕事だからだ! 真面目に仕事しろ‼」
北原はカメラ入りのクッションを、コーヒーをすする西尾に向かって投げつけた。
「おっと~」
それを立ち上がって回避した西尾は、スマホをポケットから取り出して、北原に手を差し出す。不可解そうな顔をしていると、西尾は「名刺」と言った。やっと東雲の名刺を寄こせと言われていることに気付いた北原は、固定電話の横に挟んでおいた名刺を西尾に渡す。迷わずスマホをタップして、東雲に電話をかける。なかなか電話に出ないのか、その間西尾はスーツの埃を払ったり、しわを伸ばしたりしていた。本当に落ち着きがない子どもの様だ。スーツを黙って着て佇んでいるだけなら、少しは様になるのに、と北原は残念に思う。
「もしもし? 東雲さんでしょうか? 私、西尾魔法探偵所の西尾健斗と申します」
柄にもなく、澄ました声で西尾は東雲に名乗った。
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