第5話 真逆

「やあ、北原君、ただいま」


この西尾探偵事務所所長にして、自称魔法探偵の西尾は、大きなビニール袋を抱えて事務所に帰ってきた。とてもご機嫌らしい。それがさらに北原の神経を逆なでする。


「いやぁ、勝った勝った」


「どこほっつき歩いてたんですか? また依頼人を俺に押し付けて!」


「どこって、これだよ。これ! 決まっているだろう?」


西尾はドアノブを回すような仕草をする。どうやら、パチンコ屋に行っていたらしい。ビニール袋の中身は、その戦利品というところだろう。しかも、煙草の臭いが西尾から漂っている。事務所を禁煙にしておきながら、自分はヘビースモーカーを止める気はないようだ。もう、一本取り出して火をつけようとしている。


「煙草は外で、っていう決まりでしたよね?」


「もう、分かったよー」


西尾はキッチンに向かった。すぐに古い換気扇を回す音がした。西尾は、いつも換気扇の下で煙草を吸っているのだ。しばらくして手ぶらで戻ってきた西尾は、真面目な顔で言った。


「ああ、今日って依頼人来る日だっけ? 駄目だよ、北原君。スケジュール管理も任せたはずだよね?」


「朝、今日の十時半から、依頼人と面談と伝えましたよ。そしたら、急に慌ててどっか行ったのは、貴方の方ですよね?」


「聞いた覚えないな? あ、コーヒー入れたの? 飲みたい。やっぱり缶コーヒーよりドリップコーヒーだよねー」


北原は苛々したままコーヒーを入れ、ブラックコーヒーを西尾の目の前に荒々しく置く。ソーサーとカップがぶつかって、ガチャンと音が出た。西尾はそんなことは気にも留めず、早速コーヒーをブラックのまま飲んだ。


「それで、今日の依頼人さんは、女性だったんだろ? 美人だった? 未婚?」


北原は西尾に向かい合うように、自分もソファーに座った。


「それって、依頼と関係あります?」


「あるね! だって、それって僕に脈ありってことだもん!」


「無いですよ」


「ばっさりだね」


「はい」


西尾は笑いながらコーヒーをすする。その横柄な態度に、北原は小さく舌打ちをした。三十路過ぎていて「僕キャラ」で「~だもん」って、子供かよ、と思う。そしてそんな男が自分の雇い主だと思うと、情けなくなってくる。


「俺も前から気になっていたことをきいてもいいですか?」


「ん? 何?」


「ここって、ただの探偵事務所なのに、何で魔法探偵事務所なんてついてるんですか?」


「そこの何がおかしいの?」


「だって、魔法と探偵業って、真逆だと思うんですけど……」


「真逆とは?」


「だって、魔法は全ての手順の省略ですよね? 逆に探偵は全ての手順を踏んで謎を解くんですよね? ほら、真逆でしょ? 事務所名が矛盾してますよ」


北原は鬼の首を取ったかのように、自慢げに言った。実は北原は大学の文学部で、神話学を専攻している。魔法が省略で、探偵は手順という話しは、神話学の教科書に書いてあったのだ。


「うーん。魔法の前に呪文を唱えることだって、立派な手順だと思うけどな。まあ、いいや。北原君には少し難しいかもしれないけど、魔法使いとして教えておこうかなー」


人のよさそうな笑顔を浮かべ、西尾は「魔法使い」と「能力者」の違いについて北原に問う。いずれもフィクションの中の登場人物の話しなので、北原はすぐに答えることができなかった。しかし、神話の中に登場する文化英雄を考えると、答えらしきものが出て来た。文化英雄とは、神様と人間の中間に位置するとされる英雄で、多くの神話で人間の文化の祖として登場し、人間と神の媒介者であり、仲介者だ。


「魔法使いは、外に自分の力の源がある。能力者は、自分の中に力の源がある。こんなところでしょうか?」


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