第3話 遺骨

「まあ、そんなところです」


「御多忙の中、申し訳ありません」


「いえ。時間を約束したのは、こちらですから」


東雲は礼儀正しくお辞儀をするので、北原の方が恐縮してしまった。悪いのは全て、時間を破った西尾だ。依頼人に気を遣わせているのに謝られては、北原の立つ瀬がない。そして東雲は、柱時計があるにもかかわらず、自分の腕時計で時間を確認した。細く白い手首に巻かれた腕時計のベルト部分は、上質な皮で出来ていることが分かる。アナログの時計だが、仕事上狂いのない時計をしているのだろう。


「お時間、大丈夫ですか?」


北原の予想の域を出なかったが、弁護士は時間に厳しく、忙しいのだと思われた。弁護士と言う仕事は法廷で被告人を弁護するだけではない。その弁護のために、膨大な資料や被告人と向き合ったり、実験をしたり、様々なことをしなければならない。そうなると、時間はいくらあっても足りないはずだ。


「はい。あと少し待ってみます。お心遣い、ありがとうございます」


いかにも事務的な笑みでその場を取り繕いながら、東雲は軽く会釈をする。まったく「大丈夫」には見えなかった。どうしようか悩んだ北原は、明案を思いつく。


「もし良かったら、俺に相談してみませんか?」


「え? あなたに、ですか?」


「はい。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃないですか。だから、二人で考えて、それで駄目だったら、俺が時間を見つけて先生に伝言するというのは、いかがでしょうか?」


東雲は思わず笑った。


「三人じゃ、ないですけどね。ああ、でも先生が後から加われば、三人ですね。分かりました。秘密を守っていただけるのであれば、今相談させていただきます」


東雲はソファーに座り直して襟を正し、一つ咳払いをした。その瞬間、東雲の目つきが変わり、纏っていた空気までもが冷たく硬い物に変わった。どうやら、こちらが仕事の時の彼女の姿らしい。オンとオフの切り替えが早い。北原も、ソファーに深く座り直して、真剣な顔つきになる。


「まだ、関係者にしか公表されていないのですが、あるところで白骨化した遺体が発見されました」


「遺体? 殺人事件ですか?」


「申し訳ございませんが、詳しくはお話しできません。先生には、その骨について見解を伺おうとして、今日のアポイントメントを取らせていただきました」


すっかり仕事モードになった東雲に、北原は気おされていた。しかし、何故彼女がわざわざいかがわしい探偵事務所を選んで、探偵かどうかも怪しい男に会おうとしたのかは分かってきた気がする。テレビドラマでは、死体は検視に回される。しかし骨の状態が明らかに異常であり、検視でも何も分からなかった場合もあるのだろう。それはまさしく「魔法」を使ったかのような遺骨の状態だったとしたら、あえて「魔法」を掲げる探偵事務所に意見を求めることがあってもおかしくない。


「遺骨の写真がこちらです」


東雲は薄茶色の事務的な封筒から、一枚の写真を取出し、北原の前に差し出した。土で汚れたビニールシートの上に、遺骨が二本並べて置いてあり、その下には骨の長さを示すメジャーが映っていた。


「これは、本当に、人骨なんですか?」


その異様な骨の状態に、北原は疑問を持たずにはいられなかった。何故なら、上にある白い骨の下には、真っ黒な上と同じ形をした骨があったからだ。しかもその黒い骨は、炭化しているわけでもなく、塗料の形跡もない。言葉を失って写真を食い入るように見つめる北原に、東雲は静かに問う。


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