第2話 勘違い

人は見かけによらないものだ。北原はてっきり自分と同じ大学生くらいだと思っていた。しかし、この外見で、この人に弁護を頼む人など果たしているのだろうか。今も、東雲は緊張しているように見える。法廷で弁護人が緊張していては、弁護される側は心細いことだろう。そんな事を考えながら、名刺を凝視していると、東雲からやはり控えめな声がかかった。


「すみません、西尾先生でいらっしゃいますか?」


「え?」


北原の今の格好は、エプロン姿にジーンズとシャツ。お盆を持って接客中だ。東雲の中にある探偵像がどのようなものかは知らないが、明らかに今の北原の格好は、おかしい。


「俺は、ここのアルバイト従業員ですよ。北原と言います。よろしくお願いします」


「ああ、そうですよね。東雲です。よろしくお願いします」


北原と東雲は、お互いに頭をぺこぺこ下げた。北原は、一度でも自分が「先生」と呼ばれたことに、自尊心をくすぐられ、このまま西尾のふりをしても良かったのではないか、と思った。しかし嘘はいずればれるだろう。なにより依頼人から逃げるような男でも、一応探偵なのだろうし、自分の雇用主でもある。さすがにただの大学生が、探偵を名乗るのは無理がある。


「あの、ここの事務所のお名前についてお伺いしたいのですが、よろしいですか?」


東雲の声は、涼やかながらよく通る声だった。しかも入店時のおどおどとした様子とは見違えるほど、堂々とした佇まいだ。これが本来の彼女の姿なのだろう。東雲に座るように促した北原は、自分も東雲に向かい合って座った。東雲のソファーには、黒いクッションが置いてあった。ただでさえ狭いのに、申し訳なくなる。しかし西尾という男は、あるべき物があるべき場所にないと、癇癪を起すのだ。幸い、細身の東雲がクッションを邪魔そうにしてはいない。北原はこのまま、話しを続けることにした。


「俺で良かったら。答えられる範囲内でお答えします」


「はい。ここは普通の探偵事務所ではないのですか?」


「実は、俺もそこはよく分かりません。ただ、魔法なんてファンタジーの世界の話しですよ。現実に魔法なんてあるはずがありません」


「しかしここは、魔法探偵事務所なんですよね?」


「はい。おそらくここの所長が、何か珍しい事でもしないと客寄せにならないから、こんなふざけた名前を使ったのだと思います。魔法のように解決する、みたいな意味だと思います」


「なるほど。それで、西尾先生は今、どこにいらっしゃるのですか?」


「それが、早朝出かけたまま、まだ戻って来ていないんです」


依頼から日夜逃げ回っている、という本当のことは伏せておく。ここの所長である西尾は、ものぐさで、面倒事が嫌いだ。そして面倒事が起こりそうになると、すぐにどこかへ姿をくらましてしまうのだった。その面倒事を察知する能力を、もっと他のことに使えばいいのに、それすらも面倒なのだ。


「私の前のクライアントとの時間が押しているのですか?」

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