平浜 悠馬 (ひらはま ゆうま) 社会人4年目 26歳
今日も今日とて、一人缶ビールを開ける。プルタブの小さな心地よい音が部屋に響いた。手のひらに冷たさを感じながら、500ml分の重みを口元に持ってくる。
炭酸の柔らかな痛みが口内を満たす。ゴクリと強い感覚と共に、液体が喉を通り抜けた。爽快感と旨味が体全体を満たすようで、つい息が漏れる。
「ぷっはー」
缶をテーブルに置き、やっと落ち着いた。
今日は金曜日。やっと1週間が終わった。仕事に就いてはや四年。営業先に頭を下げることにも慣れた。毎月の数字のみで判断されることにも慣れた。夜中に家に帰ってくることにも慣れた。
テーブルの上に広げたスルメイカに手を伸ばす。近くのコンビニでビールと一緒に買ってきたものだ。ぎゅむ、ぎゅむ、と噛むたびに味が染み出してくる。甘ずっぱさを口いっぱいに感じながら、何気なく付けたテレビに目を移した。
俺はあまりテレビを見ない。といっても、付けない訳ではない。帰ってきたら、とりあえずテレビの電源を入れる。そして目も向ける。しかし、頭には入ってこない。ただただ、視界の中に存在しているだけ。それが、俺がこの家の中に居る時の普通だった。今だって見た事のある芸人が、VTRを見ながら笑ったり、話したりしているが、よくわからない。それに興味も無い。
ビールを再び口に入れ、座椅子の背もたれに体重をあずけた。自分の体の持つ重みが全て椅子に吸われていくかのようで、大きな脱力感に襲われた。
仕事は正直言って、しんどい。帰りもいつも遅い。入って来た後輩は何人も辞めていった。俺だって辞めたいと思ったことはある。これが自分のやりたいこととは思えない、そんな理由で。
ただ、こうして四年続いた。そうすると、しんどさには慣れる。そして、案外楽しさがあることにも気がつく。色んな人と出会えるのは楽しいし、明確な月の数字は励みにもなる。だから、割と天職なような気もしている。
そう思いながら、確信は持てないでいる。
なぜか、不安で堪らない。このまま続けていく覚悟も持てないまま、辞めるという決断もできないまま、流れに身を任せてしまっているようで、そんな不安定な人生を歩いているようで。
ああ。
不意にそんなうめき声に似たため息がでた。目の前の缶ビールを一気に飲み干す。頭の中がぼけていき、ふわりふわりと漂っているような気分になった。
こんな気持ちでいるから、ついついビールばかり飲んでしまうのだろうか。
しかしまあ、なにはともあれ、ビールは美味い。
俺は座椅子に座った体勢のまま、今日もまた眠りに落ちていった。
こころ記帳 秋瀬田 多見 @akisedatami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。こころ記帳の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます