ナンバーポエム

えわじてんわ

ナンバーポエム

 星よりきらめく夜の街、ネイビー色の空の下。電光看板は己を主張するように、巨大なビル群は、まだ今日は終わらないと告げるが如く、色鮮やかに、鮮明に輝いていた。

 街の中心には高級ブランド店や、回らない寿司、値段の書いていないレストランなどの、そんな店が多く集まっていた。彼らはそれらを見下ろすように、あるホテルの一室にいた。


 「本日は、お集まりいただきありがとうございます。月に一度おこなってまいりましたこの会食も今夜で十回目となりました」

 

 社長はにこやかな顔で続ける。


「さらに、今日でわが社が創立三十周年を迎えるということでして。これも、株主の皆様のお力添えあってのことです。このような場で、お礼を言えることを心よりうれしく思います」


 社長はそう言って、深々とお辞儀をした。パチパチとかすかな拍手が起こる。顔を上げ、自席へと戻ると、会食は始まった。


 「わが社はあなたさまの力あってこそですよ」

 「またまた、社長は」

 「うふふ」

 「ははは」

 「社長はやはりおもしろい」

 「そのユーモアがあったからこそですよ、社長」


時おり会話も交えながら、会食はとどこおりなく進んだ。

 

 「社長。お料理とても美味しかったです」

 「そうですか。お口に合ってなによりです」

 「ええ。それで、みなもそろそろ満足したころと思うので」

 「安心してください。すぐに用意いたしますよ」


そう言って、社長は鞄から、クリアファイルと筆箱を取り出すと、株主たちへ、鉛筆と紙、消しゴムを配り始めた。


 「全員に行き届いたようですので、これから、第三回目のナンバーポエムを始めたいと思います」

 またも、かすかな拍手が響いた。社長は鳴りやんだのを確認してから、また話しだした。

 「今回は時間の都合上、三十分とさせていただきます」

 社長は腕時計のタイマーを三十分に設定し、

 「では、始めてください」

 と言った。

 

 みなは熱心に紙をみつめていた。ときおり、なにか書いては、首をかしげたり、満足そうな顔をしたりと様々だった。しばらくして、社長の腕から終了の合図が告げられた。

 

 「では、時間となりましたので、最初に発表したい方は挙手をお願いします」


一人の男が手を上げた。

 

 「では、どうぞ」


社長がうながすと、男は席を立ち、たからかにそれを読みあげた。


 「112いちいちに3456さんよろくよ815はちいちご6327ろくさんにぃなな835はちさんご


おおっと、感嘆の声があがる。みなは、素晴らしい、良い並びだ、そういう使い方もするのだね、脱帽したよ、と、くちぐちに男を褒め称えた。


「いやぁ、最初に発表なさるだけあって、とても素晴らしかったです。感服します」


社長は一つ咳ばらいをすると、次の発表者を募った。すると、今度は、上品な女が手を上げた。


 「2443745によしみなしご3745824みなしごやにし3256さんにごうろく3742824みなしにやにし4433よんよさんさん

 3785さんしちはちご2233ににんさんさん3745824みなしごやにし


 「すごい。なんて美しさだ」

 「情景が目に浮かびますな」

 「素晴らしい」


みなは口をそろえて褒め称えた。女は少し顔を赤らめて、嬉しそうに感謝の言葉を並べている。

 

 「大変な美しさに、思わず聞きほれてしまいました。今日のような特別な日に聞けること、私は幸せものです」


 社長は、うるむ目を拭いて、発表会を進めていった。


 「5656ごろごろ5656ごろごろ793ななきゅうさん8327はちさんにぃなな793ななきゅうさん

 「良い響きです。胸に心地よさが広がっていきます」


 「1837いちはちさんなな6565ろくごろくご29825にくやにご38783さんはちななはちさん9356きゅうさんごうろく4895よんはちきゅうご

 「ずっしりとした大地の力強さがみえる、いい詩ですね」


 「9643445くろしみししご2359にみごうきゅう5357ごうさんごうなな244344にししみしし62522458ろくにごうににしごうはち

 33さんさん42857394しにはちごうななさんきゅうよん

 「爽やかさの中に、奥深い知徳がみえます。素晴らしい」


 「2247583にぃにぃよんななごうはちさん6262245ろくにぃろくにぃにぃよんご64523876ろくよんごうにぃさんはちななろく923458くにみしごうはち67345ろくななさんしご」「・・・・・・・」「・・・・・」「・・・」


 「次の発表者は・・・、私しか残っておりませんね」

 

 社長は、水を飲み、一呼吸おいた。

 

 「今回の会食、せんえつながら、私のナンバーポエムで締めとさせていただきます」

 

 そう言って、紙を持ち上げる。息をすぅっと吸い込み、ふぅっと吐く。ぐっと力を入れると、ゆっくり、それを読み上げた。


 「2943にくしみ345さしご42825しにやにご33599282さざんごうきゅうくにはちに49しく335728さんみごなにはち93254くにみごし


 あたりが静寂に包まれた。だれもかれもが口を、あんぐりと開けて、首を、社長の方へ向けている。じっと見つめている彼らの瞳は、ゴムみたく、あまりに無機質だった。永遠のような静けさがどのくらい続いたのかはわからない。


パチ


パチ、パチ、パチパチ


パチパチパチパチパチパチパチパチ


 「なんて素晴らしいポエムだ」

 「感動しましたよ、社長」

 「私、ちょっと泣きそうになりましたわ」

 「さすが社長です」

 

 時がゆっくり動き出したと思うと、次は激流のような称賛の言葉が送られてきた。

 

 「恐れ入ります。大変恐縮です」


 社長は、そんな言葉で返しながら、額の汗をハンカチで拭いていた。


 

 無事、会食も終了し、彼らと社長は、ホテルのロビーを出てすぐの場所にいた。

 

 「では、みなさま、お気をつけてお帰りください」

 

 社長は、腰を曲げて言った。


 「社長もお気をつけて」

 

 彼らはそう言うと、親指の第一関節を胸の方へ折り曲げた。すると、彼らの背中は、クローゼットを開けるようにひらき、中からミサイルのような物体が二つ出てきた。空気が張り裂けるような、凄まじい音がした。目を開けたときには、すでに彼らは、夜空を流れる、銀色の彗星となっていた。

 

 社長は胸ポケットから、今では、もうめったに見かけなくなった煙草を、一本、取り出す。火をつけ、吸い込み、煙を吐くと、力ない声でつぶやいた。

 

 「わからん」


煙草の煙は、ふわふわと、夜の中に溶けていく。


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