第2話 すずの音
ぼくが5歳のとき、クリスマス・イブには、ユキちゃんがいた。
いとこのユキちゃんは四国に住んでいて、めったに会うことはなかったけど、ゆきちゃんのお父さんが仕事がなくなって暇なんだって、家族であそびにくることになったんだ。
ユキちゃんのお父さんとぼくのお父さんは、仲良しのふたり兄弟だった。ちなみに、ユキちゃんにもぼくにも兄弟はいなかった。
「チリン、チリン」
夜中に大きな鈴の音がして、ぼくは目が覚めた。
「おっ。」
とぼくは思って、ちょっとうれしい気分になった。
ぼくは去年のことを思い出し、そうっとツリーの近くに歩いていった。
静かに歩いていくのは実はたいへんだった。その年は大勢が一つの部屋で寝ていたから。
8畳の部屋に布団が4枚敷かれ、おじさんとおばさんとユキちゃんはグーグー、ガーガーといびきをかいていた。
ぼくはみんなを起こさないように、足元をそうっと通り抜けた。
「やべえ、気づかれた!」
と、大きな声がした。
それは、やっぱりあのこどもサンタクロースだった。
「なあにぃ?」
むっくりと、ユキちゃんが起きてきた。
「しまった。」とぼくは思った。
「あー、ユキオ、メリー・クリスマスゥ。」
ユキちゃんは、目をこすりながら、サンタクロースに向けて言った。
ぼくは、ユキちゃんを見て、こどもサンタクロースを見て、それからまた、ユキちゃんを見た。
「ユキちゃん、あれは、ユキちゃんのおともだちじゃないよ。」
ぼくは教えてあげた。
「おともだちじゃないよ。わかってるよ。だってあの子ユキオ兄ちゃんだもの!」
ユキちゃんは、強い口調で訂正した。
「まあまあ。けんかはよそうぜ。」
と、サンタクロースがぼくたちの話題に口をはさんでき、ぼくはカチンときた。君には関係ないのに、とぼくは思った。
こんな話をしている間もツリーの下からは、チリン・チリンとこわれた目覚まし時計みたいな音が聞こえ続けた。
それは大騒音だった。おじさんとおばさんのいびきはうるさいかったし、なんだかもう、最悪な気分になった。
「だいたい、きみは誰なんだよ。」
「去年は青葉のプレゼント持って帰っちゃったし。なんなんだよ!?」
ぼくはきつい調子でいった。
「逆切れするなよ。」
「おまえもしかして、ぼくがユキちゃんと仲良しで、やきもちやいてるんだろ。」
「勝手にぼくのうちにあがりこんでさ!」
ぼくは声を張り上げた。おじさんは起きなくても、お父さんを起こしてしまうかと少し心配になった。
すると、
「生意気だぞ、青葉。ぼくはきみの兄さんの、ユキオなんだぞ。」
と、わけのわからないことを言ってきた。
「え、ユキオ君、ユキのお兄さんじゃなかったの?」
「ユキとなまえがほとんど一緒なのに。」
「いや、まあ、その……」
ユキオと名乗るこどもサンタクロースはちょっと気まずそうにしていた。ぼくはなんだかばかばかしくなってきた。
「とにかく、これはもって帰る。お前なんかにやるもんか。」
ユキオは金色の箱を拾って歩き出そうとした。
「ちょっと待ってよ。これは、青葉のだよ!」
ぼくは、ぎゅっと箱をつかんで、思いっきり、ひきよせた。
ユキオのほうがぼくよりまだ大きかった。だけど、ユキちゃんが見ていたから負けるわけにはいかなかった。ぼくはすべての力を指に加えて、「えいっ」と力を入れた。
ドスン。
今度はユキオがしりもちをついた。そしてぼくは箱を手に入れた。
それは手のひらに乗るくらいの小さな箱だった。
あまりに強く引っ張り合ったからか、角はつぶれてしまい、白いリボンはぐちゃぐちゃになってしまっていた。そ気づくと鈴の音がやんでいた。
「お兄さんに対して、生意気だぞ、青葉!」
ユキオが、息をハーハーさせながら、もう一度言った。
もう、ユキオはただの小学生にしか見えなかった。サンタの格好のままクリスマス・パーティーを抜け出してきただけの。
「何がお兄さんなんだよ!」
「さっきはユキちゃんのお兄さんだってユキちゃんは言っていたし、もうさっぱわからないよ。」
ぼくは、強い口調で言い返した。
「まあいいだろう。きちんと説明してやるからよく聞けよ。」
「ぼくの名前は、ユキオだ。君は青葉だ。そこのクリスマス・ツリーは本物の木だけれど、そのとがった青い葉っぱが君だとすると、ぼくはその上に乗った綿でできた雪のようなものだ。」
「きみは本物だけど、ぼくはにせものだ。わかったか。」
ぼくにはぜんぜん意味が分からなかった。
青葉というのは、こんな冬の木の葉っぱじゃなくて、春にどっと芽生えてくる、もっとみずみずしいもののはずだろ。
ユキオを見ると、ちょっと寂しそうな様子だった。
そうだ。この目どこかでみたと去年思ったけど、ユキちゃんの目にそっくりだった。金色の箱をとり合ったときのあの手は、ぼくの手と良く似ていた。
「実はさ。ぼくは、本当はきみたちどちらかのお兄さんになるはずだったんだ。でもどっちがいいかと迷っているうちに、君たちがたてつづけに生まれちゃったんだ。」
「そうなのね。それじゃあ、ユキオはやさしいおばけなのね。」
と、ユキちゃんが割って入ってきた。
「おばけじゃないよ。優柔不断なせいで、どっちの兄さんになるか迷っているうちに、ぼくはこの世界で居場所をなくしてしまったんだ。」
「で色々あってサンタクロースの見習いをやってるんだ。」
それを聞いて、ぼくにいい考えが浮かんだ。
「じゃあ、毎年クリスマス・イブに遊びにくればいいよ。あの鈴の音だったら、ぜったいに目をさますからさ。」
「ありがとう。」
「ぼくは、二人が生まれたあとクリスマス・イブに生まれてくるはずでもあったんだ。でもそれもうまくいかなかったけどね。」
「つまり今夜はぼくの誕生日になるはずだったとも言える。」
「ならちょうどいいじゃない。これからは毎年3人でお祝いしようよ。」
ユキちゃんが賛成した。
「わたしのお父さん、これからずっと冬休みはひまになるから、毎年青葉君のところに来るからね。そしたらクリスマスイブはいっしょに遊ぶ日って決めちゃおうよ。」
「いや、ぼくが言いたいのはさ、、、」
とユキオが口を挟んだ。
「ぼくはいつまでたっても、小学一年生のままなんだ。」
「青葉は9月生まれでユキは11月。来年になったら、君たちが兄であるはずのぼくを追い越しちゃうんだ。」
「そっか。じゃあ、弟になればいいじゃん!」
ぼくは、勝ち誇ったように言った。
「ちっ、やってられっか。」
ユキオの顔が真っ赤になった。サンタのガウンと区別がつかなくらいに。
そしてそそくさと玄関から出て行ってしまった。
ドアがギーと開き、外からガチャンと鍵がかかった。
ユキちゃんとぼくはしばらく顔を見合わせると、じきに「箱、開けようよ」とユキちゃんが口を開いた。
箱がつぶれてしまったせいで、もう破いて開けるしかなかった。
するとら中からはどぶでひろってきたような汚い鈴が出てきた。
ほかには何も入っていなかった。
「クリスマス・ツリーにかけてみよう。」
ユキちゃんが言った。
ぼくがもたもたしていると、ユキちゃんはツリーのとがった葉っぱの一本をすずの上にあった小さな穴に通した。中がさびついていたせいか、なんの音もしなかった。
「来年のクリスマス・イブに、また一緒にかけようか、ユキちゃん。」
とぼくは提案した。
「そうしたら、もしかしたら音がするかもしれないね。」
とユキちゃんが言った。
「鳴るかなあ?」
ぼくは次のクリスマスが待ち遠しくなった。
ぼくのサンタクロース usagi @unop7035
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