137 藍圭や初華との食事 その4


「い、いただきます……っ!」


 緊張しながら、目の前に置かれた皿に箸を伸ばす。


 皿の上には、海老入りの蒸し餃子に、かにの和え物。貝柱とお肉の炒め物、揚げた魚にあんをかけたものに、海老と野菜の彩が美しい生春巻きなどなど……。たくさんの種類の料理がのっていて、どれから食べるか迷ってしまうほどだ。スープの器に入っている透明なものは、もしかしてフカヒレだろうか。


 迷ったすえ、皮に何か練り込んでいるのだろう、綺麗な翡翠色をした蒸し餃子を口に運び。


「……っ!?」


 思わず、動きが止まる。


「どうした?」

 凍りついたように動かない明珠に、龍翔が眉をひそめる。


「お……」

「お?」


「おいしすぎて、びっくりして……っ! えぇっ!? こんなおいしいもの、本当に私がいただいていいんですか!? やっぱり夢を見てるんじゃ……っ!?」


 ぎゅっと頬をつねってみるが、ちゃんと痛い。どうやら夢ではないらしい。龍翔が明珠を見やって柔らかに口元を緩める。


「夢ではないぞ? それに、馳走なら夕べも食べただろう?」


「ですが、昨日いただいたお料理より、おいしい気がします!」


 確かに夕べも安理と留守番をしながら、祝宴に出たものと同じ料理を味わった。おいしくて、ほっぺたが落ちるかと思ったほどだ。


 だが、この料理は昨日のもの以上においしく感じる。


 なぜだろうと疑問に思った明珠は、すぐに理由に思い当たる。


「きっと、初華妃様や藍圭陛下のご成婚を喜びながらいただいているからですね! 龍翔様達と一緒にこんなごちそうをいただけるなんて……っ! 嬉しくてさらにおいしいんだと思いますっ!」


 箸を握りしめて力いっぱい言い切ると、龍翔がふはっと吹き出した。


「なるほど。確かに、お前とともに食べると、さらに美味に感じられる」


 明珠に向けられたとろけるような笑みに、ぱくりと鼓動が跳ねる。

 ふふっと柔らかな笑みを浮かべて口を開いたのは初華だ。


「もうっ、明珠ったら可愛いことを言うのねぇ! 確かにわたくしも、昨日の祝宴よりも、藍圭様にお兄様や明珠と、気のおけない身内でいただいている今のほうが、おいしく感じますわ。もちろん、昨日の祝宴のお料理もおいしくいただきましたけれど……。昨日はやはり緊張してしまって、味わうどころではありませんでしたもの」


「おや。わたしが見る限り、藍圭陛下もお前も堂々としたものだったが。おぬしがそんなに殊勝だったとは、初耳だな」


 からかうように告げた龍翔に、初華が柳眉を吊り上げる。


「まあっ! お兄様ったらひどいですわ! わたくしだって、緊張くらいいたします! まあ、確かに昨日は緊張よりも、安堵と喜びで胸がいっぱいだったと言ったほうが正しいかもしれませんけど……」


 初華の言葉に、藍圭が愛らしい面輪に笑みを浮かべる。


「それはわたしも同じです。わたしも胸がいっぱいで……。夕べはあまり食べられませんでした」


「それは悔しかったでしょうね……っ! 藍圭陛下は育ちざかりなんですから、しっかり召し上がらなくてはいけませんのに!」


 せっかくのごちそうなのに、ろくに食べられなかったなんて、残念すぎる。


 思わず箸を握りしめて力説すると、虚をつかれたように目を瞬いた藍圭が小さく吹き出した。


「明珠の言うとおりですね。初華妃の背丈を追い越せるようにしっかり食べて大きくならなくてはいけませんね。……次はちゃんと初華妃を守れるように」


 固い決意をあらわすように藍圭の唇が引き結ばれる。


「藍圭様ったら、何をおっしゃいますのっ!?」

 と反論の声を上げたのは初華だ。


「藍圭様は立派にわたくしを守ってくださいましたわ! 『花降り婚』の時、《霊亀》を喚び出してくださって、どれほど安堵したことか……っ! あれほどの長い時間、召喚し続けるのは並大抵のことではなかったでしょう。すでに藍圭様はわたくしをお守りくださっています! ですから、そんなことをおっしゃらないでくださいませ!」


 身を乗り出した初華が、藍圭の左手をぎゅっと握りしめる。


「初華が申すとおりです」


 龍翔も対面の藍圭に生真面目なまなざしを向ける。


「『花降り婚』で混乱が起こったのは、元はと言えば、わたしが喚び出した《龍》が暴れてしまったため。《龍》が正気を失わなければ、暗殺者にも即座に対応できたことでしょう。だというのに、藍圭陛下には即座に《霊亀》で水の壁を作り、わたしや《龍》の姿を隠してくださったばかりか、とどこおりなく『花降り婚』を進めていただき……。どれほどのお詫びとお礼を申し上げても足りませぬ」


 真摯な声音で詫びた龍翔が、卓に額がつきそうなくらい深々と頭を下げる。


「あ、義兄上あにうえっ!?」


 驚愕に満ちた声を上げた藍圭が立ち上がる。椅子ががたりと音を立てた。


「どうかお顔を上げてくださいっ! 初華妃から義兄上のご事情は聞いております。政敵に常にお命を狙われていると……っ! 《龍》に異変が起こったのも、そのせいだと聞きました。ならば、『花降り婚』の混乱は義兄上のせいではないではありませんか!」


 卓に両手をついて身を乗り出した藍圭が、真剣な顔で言い募る。


 明珠だって、藍圭と同じ気持ちだ。悪いのは禁呪使いであって、決して龍翔ではない。


「それに……」

 と藍圭が苦い声で言を継ぐ。


「その理屈でいくのなら、わたしにも咎があることになります。舞台に上がってきた暗殺者は、明らかにわたしを狙っていたのですから。たとえ、義兄上が無事に《龍》を喚び出せていたとしても、暗殺者はきっと、人々が《龍》に見惚れている隙をついてわたしを狙ったことでしょう。どちらにしろ、あの混乱は不可避だったに違いありません」


「いや、藍圭陛下――」


 顔を上げた龍翔が、幼い義弟を見やって何やら言おうとする。だが、それより早く割って入ったのは、初華だった。


「お兄様も藍圭様も、勘違いされては困ります! 悪いのは誰がどう考えても、お二人をあやめようとした慮外者達ですわっ! お兄様と藍圭様に非は全くございませんっ! それ以上、謝罪を繰り返すようでしたら、わたくしがお二人を叱り飛ばしますわよっ!?」


「……は、初華妃……っ」


 柳眉を吊り上げて告げた初華に、藍圭が呑まれたようにかすれた声をこぼし、すとんと椅子に座り直す。


「……すでに叱り飛ばしているではないか」


 と憮然ぶぜんとした声を洩らした龍翔が、次いで柔らかな笑みをこぼした。


「ありがとう、初華。確かに、おぬしの言うとおりだ。悪いのは、暴力によって無理やり権力を手に使用とする暗殺者や、そういった輩を使う者達だ」


「そうですっ! 本当に初華妃様のおっしゃるとおりですっ!」


 自分がうまく言葉にできなかった気持ちをはっきりと言い切ってくれた初華に心から感謝しながら、明珠は何度も何度も大きく頷く。


「龍翔様と藍圭陛下がご無事で、本当に……っ!」


 いまさらながら安堵で胸がいっぱいになって、勝手に声が潤んでしまう。と、明珠の頭に手を回した龍翔が、そっと明珠を引き寄せた。



~作者より~


 いつも「呪われた龍にくちづけを」をお読みいただき、誠にありがとうございます~っ!(深々)

「呪われた龍にくちづけを」の第2巻が本日発売となりました~っ!ヾ(*´∀`*)ノ


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 第2巻で第一幕の蚕家奉公編が完結となります!

 5月25日発売の第1巻とあわせて、ぜひぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです~!( *´艸`)


 また、第2巻発売記念のおまけ短編も書いております!

(すみません、今回は1話だけなのですが……)

「『呪われた龍にくちづけを』書籍化記念 おまけ短編集」

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売上次第では第3巻以降の続刊もあるそうですので、よろしければ応援いただけましたら嬉しいです~っ!(ぺこり)

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