137 藍圭や初華との食事 その3
「あ、あのっ! 藍圭陛下、初華妃様! 『花降り婚』の成就、誠におめでとうございますっ!」
深々と頭を下げて、祝いの言葉を述べる。
「まぁっ! あなたからお祝いの言葉をもらえるなんて、嬉しいわ!」
初華が華やかな笑みを浮かべる。
「でも、『花降り婚』が無事に終わったのはあなたのおかげよ、明珠。今日はあなたにお礼を言いたくて来てもらったの。『花降り婚』の当日にも言ったけれど、あの時は玲泉様がいらっしゃって、それどころではなかったでしょう?」
きゅ、と明珠の指先を両手で握りしめた初華が、身を折るようにして頭を下げる。
「明珠。わたくしが晴れて藍圭様の妻となれたのは、あなたのおかげよ。……本当に、ありがとう」
「わたしも、いくらお礼を言っても足りません。今こうして、わたしが初華妃の隣に晟藍国国王として立てているのは、無事に『花降り婚』を成し遂げられたからなのですから。明順……、いえ明珠。身を
初華ばかりか、初華の隣に歩み寄った藍圭にまで深々と頭を下げられ、度肝を抜かれる。
「は、初華妃様っ!? ら、藍圭陛下まで……っ!? わ、私は何もしていませんっ! お願いですから、お二人ともお顔を上げてくださいっ!」
驚きすぎて、膝からくずおれてしまいそうだ。ふらりとよろめくと、龍翔の大きな手に両肩を掴まれた。反射的に見上げた明珠の目に飛び込んできたのは、からかうような龍翔の笑みだ。
「わたしも、お前にはいくら礼を言っても足りんのだが……。今は、これ以上の刺激は、お前が気を失ってしまいそうだな?」
「龍翔様っ! そう思われるのでしたら、お助けくださいっ! お二人の説得を……っ! このままでは、本当に気絶してしまいますっ!」
必死に懇願すると、「わかったわかった」と苦笑した龍翔が、藍圭達に視線を向けた。
「藍圭陛下。陛下のお心はもう十分伝わりましたゆえ、どうぞそのくらいで。初華、おぬしもだ。明珠を困らせたいわけではないだろう?」
「あら、これくらいではまったく足りませんわ!」
「義兄上がそうおっしゃるのでしたら……」
初華と藍圭が動きを合わせたように顔を上げる。
不満そうな顔の初華に、明珠はあわててかぶりを振った。
「初華妃様っ! 藍圭陛下も……っ! 先ほどのお言葉だけで十分ですっ! もったいなさすぎて、もう……っ!」
仲睦まじく寄り添って立つ二人を見ていると、それだけで嬉しくて、涙腺がゆるんできてしまう。
二人がめでたく夫婦になれて、本当によかった。
ぐすっ、と鼻を鳴らすと、「明珠ったら……っ」と初華が困ったように眉を寄せる。だが、呟く初華の声も潤んでいた。
「す、すみません……っ」
泣いている場合ではないと思うのに、目頭が熱くなり、勝手に涙があふれてくる。袖口で目元をぬぐおうとすると、それより早く、肩を持った龍翔に抱き寄せられた。ぽすり、と龍翔の胸元に頬がふれた拍子に、嗅ぎ慣れた香の薫りが揺蕩う。
「お前は、本当に涙もろいのだな」
柔らかな声音で呟いた龍翔が、明珠が止める間もなく
「初華妃も意外と涙もろいのですね」
初華のほうは、藍圭が新妻の面輪を覗き込み、手巾を差し出している。
「これは……。明珠につられてしまったのですわ」
手巾を受け取った初華が勝気な声で呟き、照れたようにそっぽを向く。結い上げた髪から覗く
「わたしは、初華妃の思いがけない面が見られて嬉しいです」
笑んだ声で告げた藍圭の言葉に、初華の耳がますます紅くなる。
「もうっ、藍圭様ったら……っ。そんなことをおっしゃらないでくださいまし」
恥ずかしそうに呟いた初華の声はどこか甘い。
「あ、あのっ、龍翔様! もう大丈夫ですからっ!」
初華と藍圭の前で抱き寄せられるなんて、恥ずかしすぎる。
ぐいぐいと押すと龍翔の腕がようやくゆるみ、明珠はさっと距離を取った。
明珠と初華の涙が止まったところで、藍圭が愛らしい面輪に笑みを浮かべて口を開く。
「今日、明珠と義兄上をお招きしたのは、わずかなりともお礼をしたかったからなのです。初華妃から、明珠はおいしいものが好きだとお聞きして……。感謝の気持ちをあらわすには、まだまだ足りませんが、心ばかりのお礼です。どうぞお楽しみください」
藍圭が手のひらで示した円い卓の上を見た途端、「ふわぁ……っ!」と、歓声が口をついて出る。
卓の上は、まるで宝玉を散りばめたように、さまざまな料理や菓子が所狭しとと並べられていた。
祝宴の日に安理と食べたごちそうにも劣らぬ豪華さだ。
「こ、こんなすごいごちそう、本当に私なんかがお相伴させていただいていいんですか!?」
信じられなくて、龍翔達の顔を順繰りに見回すと、もちろんだと、口々に肯定された。
「これはお前のために用意された料理なのだから、お相伴と言うのなら、むしろわたしのほうだろう?」
からかように笑った龍翔が、明珠の手を取り卓へと導いてくれる。
「で、ですが、夢みたいで信じられなくて……っ!」
握られていないほうの手で自分の頬をつねると、龍翔がふはっと吹き出した。
「夢などではない。そんなに信じられぬのならば、わたしが料理を口に運んでやろうか?」
「龍翔様にそんなお手間をかけさせるなんて、とんでもありませんっ! というか、緊張して喉を通りませんからっ!」
冗談だとしても、なんてことを言い出すのか。千切れんばかりにかぶりを振って遠慮する。
「残念だ。楽しそうだと思ったのだが……」
広い肩を落とし、残念そうに言われても、頷けるわけがない。初華と藍圭も「あらあらまあまあ」と言いたげな顔でこちらを見ている。絶対に呆れられているに違いない。
「ならば、好きなだけ食べるとよい。変な遠慮をしたら、本当にわたしが口に放り込むからな?」
明珠と並んで腰かけた龍翔がくすくすと笑って告げる。
控えていた萄芭がすかさず料理を取り分けた小皿を差し出してくれた。きっと、明珠に任せていたら、いつまで経っても食事が始まらぬと思ったのだろう。
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