133 龍と虎と蛟の睨み合い その2
「これはこれは! 龍華国の御三方の結束は固いかと思っていたが、思わぬ溝を見つけたものだ! まさか、二人が恋敵だったとはな!」
雷炎のよく通る声に、周りの貴族達が何事かと三人を振り返る。
心配そうなまなざしでこちらを見やる初華と藍圭に大丈夫だと小さく頷き返し、龍翔はことさら強い声を出した。
「雷炎殿下にお褒めいただけるとは嬉しい限りでございます。おっしゃるとおり、龍華国の絆は非常に固いのです。もし、藍圭陛下や正妃である初華に何かあれば、龍華国は全力で支援することでしょう」
あえて雷炎の台詞の前半だけを取り上げ、大仰に喜んでみせる。
龍翔と玲泉の関係は、仲はよいとは口が裂けても言えないが、初華とは強い絆で結ばれていると自負している。
龍華国の王宮も決して一枚岩ではないが、雷炎に教えてやる必要などない。
雷炎に告げたとおり、もし藍圭や初華から助けを求められれば、龍翔は国の意向に逆らうことになろうとも、大切な妹夫婦のために力を尽くすだろう。
もちろん、そんな事態が起こらぬに越したことはない。
今回の『華降り婚』の騒動に雷炎が一枚噛んでいることは、証拠こそないものの、ほぼ確実だ。今後も藍圭達を狙うつもりなら、龍翔も容赦するつもりはない。
宣戦布告も辞さない気概を込めて真っ直ぐに雷炎を睨みつけると、なぜか雷炎の面輪に浮かんだのは、楽しくてたまらないと言わんばかりの笑みだった。
「ふははっ、その目はよいな。さすが、龍翔殿下だ。俺の喉元に噛みつくのも
くつくつと雷炎が喉を鳴らす。
「心配せずともよい。俺は子亀をいたぶる趣味などないからな」
藍圭を『子亀』と言い放った傲慢さに、龍翔は己の視線が鋭くなるのを感じる。玲泉もいつもの優雅さが嘘のように鋭いまなざしで雷炎を睨みつけていた。
二人のまなざしを受け止めてなお、雷炎が
「俺が求めているのは、全力を尽くして打ち倒せる相手だ。龍翔殿下ならば申し分ない。だが……」
雷炎が、興がそがれたように鼻を鳴らす。
「全力で戦うならば、それなりの準備と舞台がいる。中途半端な舞台では、互いに思うさま力を振るえぬ。不完全燃焼となっては
雷炎が手にしていた
他の者ならば、大言壮語を叩くものだと呆れたことだろう。だが、雷炎が告げると、己の勝利を確信した傲慢な物言いも、実力に裏打ちされたものだとごく自然に感じられる。
いったい何が雷炎の琴線にふれたのかは知らないが、どうやら龍翔は雷炎に好敵手と見なされてしまったらしい。
龍翔にしてみれば、迷惑なことこの上ないが、ここで
叶うならば、龍翔に関係ないところで雷炎好みの敵を見つけて勝手に挑んでほしいところだが、残念ながらすぐに龍翔の代わりになる相手など、見つかるわけがない。
雷炎と潰し合ってくれるなら、ある意味、玲泉が好都合ではあるが……。
ちらりと玲泉に視線を向けると、まるで龍翔の心を読んだかのように、玲泉が肩をすくめてみせた。
「ご冗談を。《炎虎》に対するに、《龍》以外の何物がありましょう?」
「うん? 玲泉殿。おぬしもかなりの
龍翔の視線を追った雷炎が獰猛に玲泉に笑いかける。
玲泉は端整な面輪に見惚れずにはいられないような柔らかな笑みを浮かべると、恐縮しきった様子でかぶりを振った。
「雷炎殿下にそのように評していただけるとは、恐悦至極に存じます。ですが、わたしは剣と術を多少使えるだけ。まともに相対すれば、《龍》の力を振るえる龍翔殿下には、とても
にこやかに雷炎を
龍翔としてはわざわざ雷炎と戦いたいわけではないが、こうまで好戦的に対されては捨て置けない。
軽く吐息すると、自分よりわずかに背の高い雷炎を真っ直ぐに見据える。
「雷炎殿下。ご期待に背きますが、わたしは争いを好むわけではありません。平地に
息を継ぎ、まなざしに力を込める。
「わたしにも、命を賭けて護りたいものがございます。それを
「くっ、くははははっ! はーっははっ!」
龍翔の言葉を聞いた途端、雷炎が哄笑する。
何事かと、会場中の貴族達の視線が雷炎に集中した。
~作者より~
いつも「呪われた龍にくちづけを」をお読みいただき、誠にありがとうございます~っ!(深々)
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