133 龍と虎と蛟の睨み合い その1
夕刻から始まった晟藍国の貴族達を招いての祝宴は、堅苦しい儀礼や食事も終わり、今はなごやかな食後の歓談の時間となっていた。
王城に参内することはかなわぬ一般の民達には、国王である藍圭と、正妃である初華の両名の名のもとに食事や酒が振る舞われている。
今宵の晟都は、街まるごとが祝宴の場と化しているだろう。
初華と並び、後ろには魏角将軍と浬角を従えて、国王として堂々と貴族達に相対する藍圭の姿を見て、龍翔は心の中で安堵の息をつく。
藍圭と初華を
《龍》が暴走したせいで『花降り婚』を台無しにするような羽目にならずに済んで本当によかったと、心の底からほっとする。
とはいえ、『花降り婚』での猛る《龍》の姿を見たからだろう。龍翔に話しかけてくる貴族はほとんどおらず、遠巻きにされている。逆に、物腰の柔らかな玲泉の周りは、大国である龍華国と
一応、壁際に控えている季白と張宇、周康には、玲泉が不穏な動きを見せたら即座に止めるようにと命じてある。
さすがに藍圭主宰の祝宴の場を抜け出して、龍翔の私室に残してきた明珠の元へは行くまいが、念のための用心だ。まあ、明珠の護衛として、街から戻ってきた安理をつけているので、さしもの玲泉もそうそう手は出せぬだろうが。
大怪我を負ったのだ。明珠にはおいしい料理を食べて、ゆっくりと過ごしていてほしい。
きっといまごろ安理と豪華な料理に舌鼓を打って、喜んでいるだろう明珠の笑顔を思い浮かべていると。
「おや。あの愛らしい従者は、宴には連れて来ておらんのか?」
横合いからかけられた雷炎の声に、龍翔は思わず過敏に反応しそうになるのをこらえ、ことさらゆっくりと振り向いた。
朱を基調とした
「ええ。『花降り婚』への参列で緊張して疲れ果ててしまったようでして。従者になってから日が浅いため、失礼があってはならぬと、部屋で休ませております」
「確かに、あれだけのことをしたのなら、疲れ果てるのも無理はなかろうな」
雷炎の野性的な面輪に、虎が牙を
「たいへん華やかな式典でございましたゆえ。慣れぬ場に引っ張り出されて、気疲れしたのです」
雷炎の言葉に、龍翔は明珠がこの場にいないのは、あくまでも気疲れのせいだと、さりげなく念を押す。
《龍》が暴走したと気づいていない晟藍国の貴族達に真実を知らせても、百害あって一利なしだ。
龍翔の返答に、雷炎が「おやおや」と凛々しい眉を上げる。
「それは残念極まりないな。興味深いことこの上ない従者に、ぜひとももう一度会いたかったのだが」
雷炎の言葉に心臓が轟く。
玲泉が気づいたようにやはり雷炎も明珠の解呪の特性に気づいていたか。
だが、龍翔は表面上はあくまでも恐縮したようにかぶりを振る。
「とんでもないことです。あの者は、雷炎殿下の御前に連れてくるような者ではございませんゆえ」
雷炎が意外なことを聞いたと言わんばかりに目を見開く。と、からかうような笑みが浮かんだ。
「何を言う? あれほど
「雷炎殿下。失礼ながら、明順に興味を引かれているのは殿下だけではございません。わたしも心から欲しておりますので、残念ですが、雷炎殿下が明珠を目にする機会は、二度とないものと存じます」
不意に玲泉の涼やかな声が割って入る。晟藍国の貴族達と歓談していたのに、雷炎の姿を見て、切り上げてきたらしい。
「おぬしの手に入ることも、決してないがな」
冷ややかに告げると、「これはこれは、異なことを」と、玲泉が形良い眉を上げた。
「龍翔殿下は、お忙しさのあまり、記憶が混乱してらっしゃるようですね。先ほど、目の前ではっきりとお伝えしたではないですか。明順を諦める気はありません、と」
玲泉のまなざしが挑むように鋭くなる。
真正面から玲泉の視線を受け止め、龍翔もまたきっぱりと告げた。
「記憶があいまいになっているのは、そなたのほうではないか? わたしもはっきりと言っただろう? 明順を手放す気は欠片もないと」
玲泉が答えるより早く雷炎を振り返った龍翔は、見た目だけは
「雷炎殿下、こういう事情でございますので。申し訳ございませんが、明順をお引き合わせすることはできませぬ」
「いやはや、これはますます明順とやらに会いたくなったな」
龍翔が笑顔の中に潜めた圧も何のその、あっさりと無視して雷炎が豪快に笑う。
「龍翔殿下だけでなく、玲泉殿まで
「申し訳ないが、明順の力だけを求める者になど、なおさら会わせるわけにはいかぬ」
「お言葉ですが、明順の魅力は解呪の特性だけに限りません」
龍翔と玲泉が雷炎の言葉を遮って同時に口を開く。
反射的に抗弁してから、龍翔と玲泉は思わず顔を見合わせた。
玲泉が不本意極まりないないと言いたげな
二人を見やった雷炎が、こらえきれぬとばかりに吹き出した。
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