119 『花降り婚』もいよいよ明日に迫りましたな その2
「先ほど、雷炎殿下の前では強がっておられましたが、お身体の調子が本調子でないのは真実なのでしょう? 『花降り婚』の成就に関しては、同じ差し添え人である殿下とわたしは、ある意味運命共同体。隠しごとをされては困ります」
口調こそ穏やかだが、龍翔を見据える玲泉の目は笑っていない。
玲泉は龍翔が警戒せねばならぬほど有能だ。どんなところから禁呪のことを見抜かれるかわからぬと警戒していた龍翔は、内心で安堵しながら視線を伏せて吐息した。
「……すまぬ。それについてはおぬしに責められても仕方がない」
素直に謝罪を紡いだ龍翔に、玲泉が驚いたように目を
「やはりお加減が悪くていらっしゃるのですね!? なぜ、何度お尋ねしてもお教えくださらなかったのですっ!? こうしてはいられません! すぐにお部屋に戻って診察をいたしましょう!」
「落ち着け、季白。お前がこうなるゆえ、言いたくなかったのだ」
縋りつくように龍翔の両肩を掴んだ季白の手を無理やり引きはがす。
「おや。まさか、忠臣の季白殿にすら黙っていらっしゃったとは……。龍翔殿下は意外と従者を信用してらっしゃらぬのですね」
玲泉がくすりと
「逆だ。信じているゆえに、黙っていた。話せば、季白がこうなるのは火を見るよりも明らかだったからな」
「当然でございます! もし龍翔様の何か事あらば、この季白、生きてはおれませんっ!」
間髪入れず季白が悲愴な決意をにじませて断言する。
「落ち着けと言っただろう」
忠誠心が篤すぎる季白に、龍翔は苦笑を洩らした。
「お前や玲泉殿が見抜いたとおり、確かに今のわたしは不調に悩まされておる。明日には大切な『花降り婚』があるというのに、体調を崩すとは、我ながら情けない限りだ。だが」
まなざしに力を込め、玲泉を見据える。
「たとえ体調が万全であろうとなかろうと、ここまで来て、決して『花降り婚』を失敗などさせぬ。わたしのすべてを賭けてでもな。その決意ゆえ、おぬしにも不調を伝えなかったのだ。だが、そのせいでおぬしに懸念を
玲泉へ頭を下げると、やりとりを見守っていた周康が息を呑むかすかな音が聞こえた。まさか龍翔がここまで玲泉に素直に応じるとは思っていなかったのだろう。
「……龍翔殿下のお覚悟は、しかとうかがいました」
吐息混じりの玲泉の声に顔を上げると、玲泉もまた端麗な面輪を引き締めて龍翔を見つめていた。
「そこまでお覚悟を決めていらっしゃるのでしたら、わたしからは何も言いますまい。龍翔殿下はなさるべきことを成し遂げると信じ、『花降り婚』の成就のため、わたしはわたしのできることをいたしましょう。賊などに、決していいようにはさせません」
真剣な面持ちで告げた玲泉の力強い言に、心の中に安堵が満ちる。
「おぬしがそう言ってくれるとは心強い。明日は、頼んだ」
「ええ。お任せくださいませ」
恭しく一礼した玲泉が、身を起こすと柔らかな笑みをこぼす。
「ああ、ですが」
「何だ?」
問い返した龍翔に端麗な面輪に悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「頼りにしてくださるのは明日に限らずとも結構ですよ。もし、龍翔殿下の身に何かございましたら、明順はわたしが責任を持って幸せにいたしますから。心おきなくお任せください」
いけしゃあしゃあと放たれた宣戦布告に、怒りよりも先に、おかしさがこみ上げる。
「そうか。おぬしがそれほど熱意にあふれているのなら、何としても阻まねばならんな」
「……そこは、『明順を頼む』と、わたしに託すところではございませんか?」
くすくすと笑いながら告げると、玲泉が
「すまんが、わたしは強欲でな。大切なものはすべて手に入れたいのだ。諦める気は、決してない」
口元には笑みを浮かべながらも断固とした声音で告げると、玲泉が諦めたように吐息した。
「では、龍翔殿下がどのように我意を通されるのか、明日じっくりと拝見いたしましょう。雷炎殿下だけではなく、わたしも楽しみにしておりますよ」
軽く一礼して告げた玲泉が、廊下の角を曲がって与えられた部屋へと去ってゆく。明珠が少女であると気づいた玲泉を警戒した初華が、玲泉の部屋はわざと龍翔や初華達の部屋と離したためだ。
優雅に歩み去る後ろ姿を見送り、角を曲がって視界から消えたところで、龍翔は無意識に吐息を吐き出した。
「龍翔様っ!? 玲泉様にはあのようにおっしゃられていましたが、やはりお加減が……っ!?」
呼気に潜む荒れた気配に
返答次第では、龍翔を抱きかかえて運びそうな顔をしている季白に、龍翔はゆったりと微笑んでみせた。
「心配いらぬ。お前は、明日の『花降り婚』で賊の妨害を防ぐことを第一に考えてくれ」
「ですが……っ!」
心配を隠さず見つめる季白に苦笑する。
やはり、長年のつきあいの季白と張宇は、ごまかそうとしてもごまかせない。
ここ何日か、明らかに体調がおかしい。最初は慣れぬ暑さと準備の疲労のせいかと思っていたが、そうではない。
身体の奥底が毒に侵され、自分ではない何かに変じていくような感覚は、他人に話してもおそらく理解しがたいだろう。
……禁呪が、強くなっているやもしれぬ。
考えただけで背筋が凍りそうな可能性を、ここ数日、ずっと吟味してきた。
朝夕と、明珠と《気》を交わしているというのに……。青年姿でいられる時間が、少しずつ、短くなってきている。
明日の『花降り婚』では、久々に《龍》を喚ばねばならぬ。費やす《気》の量によって《龍》を
たたでさえ賊の襲撃がほぼ確実だというのに、果たして、この身体で明日を無事乗り越えられるのか。
胸中の不安を磨り潰すように、龍翔は奥歯を噛みしめる。
ここまで来たら、いまさら不安など感じている
「季白。わたしを信じろ」
心を静めるべく
「必ずや、『花降り婚』を成就させてみせる。初華と藍圭陛下のためだけでなく、わたし自身のためにも」
己自身に言い聞かせるように力強く宣言する。
自分自身が己を信じられずに、他の誰を信じさせられるだろう。
見事、差し添え人を務めあげれば、龍翔の地位はさらに確固としたものとなるはずだ。己の大願のために、ここで足を止めるわけにはいかぬ。
「龍翔様……っ!」
感極まったように声を上げた季白が、一歩退いたかと思うと、恭しく一礼する。
「かしこまりました。龍翔様の両翼のひとりとして、わたくしも全力を尽くして『花降り婚』を成就させてみせます。
季白に追随し、周康もまた深々と頭を下げる。
「うむ。頼んだぞ。明日の朝は早い。おぬしらも早く休め」
満足して頷き、龍翔は決然と歩を進めた。
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