119 『花降り婚』もいよいよ明日に迫りましたな その1
藍圭や初華や玲泉、それに雷炎との夕食が終わり、部屋ヘ辞そうと立ち上がった龍翔は、笑みをたたえた雷炎に呼び止められた。
「龍翔殿下。『花降り婚』もいよいよ明日に迫りましたな。差し添え人として、『花降り婚』の準備にさぞ忙しかったことだろう。さすがに疲れが出ているのではないか?」
問いかけに、すぐさま答えず沈黙を守る。
雷炎の言うとおり、このところ不調が続いている。だが、大切な『花降り婚』を前に、敵に付け入る隙を与えるわけにはいかないと、決して表に出さぬよう気を張っていたのだが。
雷炎に見抜かれるとは、『花降り婚』がようやく明日となって、少し気が抜けてしまったのか、それとも雷炎の観察眼がそれだけ鋭いのか。
何にせよ、肯定するわけにはいかない。
龍翔はゆったりと微笑み、こちらへ歩み寄る雷炎を振り返った。
「疲れなど、感じている
明日の大事を前に緊張している初華と藍圭に余計な心労をかけたくない。
雷炎と相対する龍翔を不安そうに見ている藍圭と初華を安心させるためにも、龍翔は落ち着いた声音で応じる。
「龍翔殿下はお年のわりに落ち着いてらっしゃいますからね。もしくは……。実は緊張してらっしゃるのを隠されているかもしれません」
からかうような笑んだ声で割って入ったのは、同じく辞そうと立ち上がっていた玲泉だ。
「北西地方に反乱鎮圧に赴かれていたため、今年は『昇龍の儀』に不参加だった龍翔殿下にとっては、久々の大きな儀式でございますからね。しかも、皇帝陛下の名代というお立場。内心ではさぞかし緊張してらっしゃることでしょう」
優雅な笑みで告げた玲泉が、気遣いに満ちたまなざしを向けてくる。
「差し添え人として『花降り婚』を無事に成就させたいのはもちろん、龍翔殿下のお力になりたい気持ちにも嘘偽りはございません。わたしでお役に立てることでしたら、何なりとおっしゃってください」
表面的にはどこまでも親身な様子で玲泉が告げる。
が、額面通りに受け取って頼れば、後でどんな要求をされることやら。玲泉が明珠を狙っていることを考えると、とてもではないが素直に頷けない。
玲泉には夕食の前に、龍翔の判断のもと、明日の『花降り婚』本番で龍翔と藍圭の命を狙う術師の襲撃があるやもしれぬと伝え、季白と張宇、周康だけでなく、初華と藍圭、浬角や魏角将軍も交えて警備についての打ち合わせを行っている。
無論、禁呪のことは打ち明けていないが、龍翔の命を狙う禁呪使いがいること、乾晶の町でも龍翔の命を狙った禁呪使いが晟都にも現れ、前国王夫妻を
明日の『花降り婚』は初華と藍圭のために、決して失敗するわけにいかない。
そのためならば、ふだんの確執など脇に置いて、玲泉に助力を頼むのも何ということはない。
現に玲泉も、打ち合わせの際には「龍華国と晟藍国の威信をかけた『花降り婚』を
龍翔のことはともかく、藍圭と初華のためならば存分に力を振るってくれるに違いない。
玲泉の言葉に、龍翔もまた信頼を込めて見つめ返す。
「優秀極まる玲泉殿にそう言ってもらえるとはありがたい。そなたがもうひとりの差し添え人でいてくれるのは、心強いことだ。明日は、くれぐれもよろしく頼む」
「ええ、お任せくださいませ。差し添え人としての務めを見事、果たしてみせましょう。ですが……」
玲泉が残念そうに吐息する。
「同じ差し添え人とはいえ、やはり明日の『花降り婚』の要のひとりは龍翔殿下でございます。代われるものでしたら代わってさしあげたいほどですが、《龍》を喚べぬわたしでは、代わりようがありませぬゆえ。どうぞ、今宵はゆっくりとお休みになって心身を整えられてくださいませ」
「明日こそ、《龍》を見られるのだな。俺も非常に楽しみにしている」
雷炎が虎のような獰猛な笑みを
禁呪使いが手を組んだという術師の背後に、雷炎がいないという保証はない。だが、堂々と龍翔に立つ雷炎の姿に後ろ暗いところは感じられない。
もし、背後で糸を引いているのが雷炎ならば、並の胆力ではない。
「誠に、明日の『花降り婚』が楽しみだ」
獲物を狙う虎のように目を細め、牙を
だが、龍翔は挑戦を受けて立つように、ゆったりとにこやかに頬んでみせる。
「ええ、楽しみにしてください。後代まで語り継がれる素晴らしい『花降り婚』をお見せいたしましょう」
では、と一礼して部屋を出た龍翔を、供の季白と周康だけでなく、玲泉までもが追って来る。
廊下を進み、他に誰もついてきていないのを確認したところで、玲泉が口を開いた。
「龍翔殿下、困りますね。情報は余すところなく伝えていただかなくては」
「……何が言いたい?」
責めるような口調に、足を止め、玲泉を振り返る。
一瞬、心に走った動揺を決して気取らせてはならぬと腹に力を込め、気難しそうな表情を作る。
あえて質問で返した龍翔に、玲泉が呆れたように吐息した。
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