118 安理の報告 その3


「そ、そんな……っ! その二人が手を組んだっていうんですか!?」


「まだ確証を得たわけではありませんがね。ですが、可能性は高いでしょう。ふつうの術師には、大罪人である禁呪使いと手を組む利点はまったくありません。まあ、大金に目がくらんだ愚か者がいないとも限りませんが……。ですが、前国王夫妻を暗殺し、淡閲で船に忍び込んだ術師であれば、話は別です。龍翔様を害したい禁呪使いと、藍圭をしいし、『花降り婚』を成就させたくなり暗殺者……。その二人が手を組むのは、利点しかありませんから」


 淡々と季白が説明するたび、明珠の全身から血の気が引いていく。


 前国王夫妻を暗殺した術師は、警備の兵に守られていた離城をたったひとりで陥落したという実力者だ。


 そんな術師が、龍翔に禁呪をかけた禁呪使いと手を組んだ可能性があるかもしれないなんて……。


 絶望のあまり、視界がくらくなる。


「まったく……。『花降り婚』が明日に迫ったというこの時期になって、今まで姿を隠していた術師がそろって姿を現すとは、頭が痛い……っ! いえ、何も知らずに当日を迎えるよりは、何十倍もマシですね。安理、情報を掴んでくれて感謝します」


 箸を置いた季白が、安理に深々と頭を下げる。「うぇっ!?」と安理が変な声を上げた。


「ちょっ、どーしたんスか、季白サン? 改めて礼なんて……。天変地異の前触れっぽくてコワイんスけど? もしかして、ヘンなものでも食べたとか?」


「あなたは! 珍しく評価してあげたというのに、なんて失礼なっ!」

 安理の言葉に季白が目を吊り上げる。


「え~っ! ふだんの季白サンの言動を見てれば、とーぜんデショ? それに、褒めてもらえるんなら、オレ、言葉よりも高い酒とか現物の褒美がいいっス~♪」


 はいはーい! と安理が元気よく挙手する。


「いや~、やっぱり異国だと、龍華国とはまた違った酒が楽しめるんスよね~♪ 張宇さんも褒美でもらえるんなら、言葉より晟藍国の珍しいお菓子のほうがいいっスよねぇ?」


「ん? まあ、確かに晟藍国の菓子も美味いからな。ああ、安理。この間、差し入れしてくれた焼き菓子は美味かったぞ。香辛料が入っていたんだろう? クセがあったが、それがまた味わい深くて……」


「あっ! あれ、安理さんが買ってきてくださったものだったんですか!? 私もお相伴にあずかりました! おいしかったです! ありがとうございます!」


 明珠も張宇にならってあわてて頭を下げる。前に張宇とお留守番をしている時に食べた菓子だが、まさか安理の差し入れとは思っていなかった。


「あれ、肉桂にっけいが入ってたんスよ~♪ 残念ながら、張宇サンは明日まで、晟都の甘味巡りはできなさそうっスからね~。せめて珍しい菓子でもと……。いや~、気に入ってもらえてよかったっス~♪」


 安理が皿の料理に箸を伸ばしながら、にこやかに笑う。


「だ~か~ら~♪」


 不意に笑みを深くした安理が、明珠に片目をつむってみせる。


「晟都には、まだまだ見たことのない菓子があるっスからね! 『花降り婚』が無事に済んだあかつきには、オレが明珠チャンの護衛を代わるんで、張宇サンはオレと明珠チャンのために、たーっぷり甘味を買ってきてくださいっス~♪」


「……ああ。じゃあ、安理の言葉に甘えて羽を伸ばさせてもらおうか」


 くすりと笑みをこぼした張宇が、次いで隣に座る明珠の頭をぽふぽふと撫でる。


「だから、明珠。そんなに思い詰めた顔をしなくていい。俺や季白に安理、それに周康殿や浬角殿、魏角将軍だってついている。決して禁呪使い達の思い通りにはさせない。明日の『花降り婚』は、何としても成功させてみせる」


「張宇さん……」


 まるで明珠の心を読んだかのような言葉に、驚きの声がこぼれ出る。そんなにわかりやすく顔に出てしまっていたのだろうか。


 明珠の胸に巣食う心配を吹き払うかのような力強い声と優しい手のひらに、身体のこわばりがほどけていくような心地がする。


「明珠チャンがおいしーご飯に口をつけないなんて、よっぽどのコトっスもんね~♪ だいじょーぶ、だいじょーぶ! 張宇サンが言った通り、龍翔サマにはオレ達がついてるんスから!」


 ね? と安理が明珠にもう一度、片目をつむってみせる。


「安理さんも……。ありがとうございます!」


 安理が急に軽口を叩いたのは、きっと明珠が沈んでいるのを見て、気を遣ってくれたからに違いない。張宇と安理の優しさに、嬉しさで涙がにじみそうになる。


「張宇の言う通りです。ここまできて、『花降り婚』が成就しないなど、ありえません!」


 厳しい声で断言した季白が、安理を見やる。


「安理。もうしばらく王城にいることは可能ですか? 張宇が帰るまで、明順を見ていてください。わたしは今からあなたが掴んでくれた情報を龍翔様にお伝えし、張宇や周康殿も交えて明日の警護について話し合いをしてきます。あなたは明日は舞台に上がらぬ予定でしょう?」


「そうっスね。舞台の上には周康サンも控えるっスし、いざとなった時にしがらみなく自由に動ける遊撃手がいたほうかいいデショ? 敵がどんな策を用いるか、わかんないっスから」


 安理が表情を引き締め、季白に頷き返す。


「あのっ、でしたら私も一緒に……っ!」


 初華の厚意で、明日は明珠も舞台の隅に控えさせてもらえることになっている。

 明珠などが役に立てるとは思えないが、せめて足手まといにならないようにしたい。


 箸を置き、卓に身を乗り出して訴えると、手早く食事を取り終えた張宇が立ち上がり、なだめるように明珠の頭を撫でた。


「もちろん、明珠にも伝えるよ。けれど、明珠は昼ご飯もまだだろう? どのくらい時間がかかるかわからないし……。明珠は安理とゆっくりしているといい」


 張宇の大きな手のひらがあやすように優しく頭をすべる。


 気遣いに満ちあふれた張宇とは真逆に、冷ややかに告げたのは季白だ。


「話し合いには玲泉様も参加されますからね。優れた術師であり、剣の腕も立つ玲泉様を頭数に入れぬわけにはいきません。差し添え人として、玲泉様にも、なんとしてもご助力いただかなくては。となれば、話し合いにあなたが参加すれば、玲泉様がまたぞろ余計なちょっかいをかけて、話し合いどころではなくなるのは、火を見るよりも明らかです。あなたはおとなしく部屋にすっこんでいなさい。それが、龍翔様のためでもあります」


「は、い……」


 歯に衣着せず端的に事実を述べた季白の言葉が、刃と化してぐっさりと胸を突き刺す。


「おい季白! そんな言い方はないだろう!?」


「い、いえっ! 季白さんがおっしゃることはもっともです! 私が参加しても、ご迷惑をおかけするだけなのは確かですから……」


 精悍せいかんな面輪をしかめ、季白に言い返した張宇の袖をあわてて掴んで押し止める。


 口にすると、さらにいっそう情けなさが募るが、まぎれもない真実だ。


 うつむいて唇を噛みしめると、張宇の穏やかな声が降ってきた。


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