114 富盈との会談 その3
この期に及んで瀁淀とのつながりも保っておくつもりかと、警戒を強めた龍翔の懸念をかわすかのように、富盈が口元を緩めた。
「藍圭陛下は利発でいらっしゃると同時に、素直でもいらっしゃる。わたくしをお疑いになられているのは、もちろん最初から承知しております」
富盈の言葉に、藍圭がはっと我に返ったように、噛みしめていた唇を緩める。いつの間にか、感情を素直に出してしまっていたことに気づいたのだろう。
だが、恥じ入るように眉を寄せた藍圭を見やる富盈のまなざしに責める様子は見えず、まるで孫を見守るかのように柔らかい。
「わたくしがここで瀁淀大臣を見限り、藍圭陛下の望むままに従うことはたやすいでしょう。今後、御用商人として陛下に重用いただくには、そのほうが得策かもしれません。ですが……」
富盈が心の奥底まで見通そうとするかのように、藍圭を見つめる。
「そのようにたやすく変節する人物が、果たして藍圭陛下のご信頼を長きに渡って得ることができましょうか?」
「それ、は……」
富盈の問いかけに、藍圭が生真面目な様子で考え込む。富盈が「ふぉ、ふぉ」と楽しげに喉を鳴らした。
「この老いた身では、お若い藍圭陛下の御代を最後までお支えすることは叶いませんが、まだ十年は第一線で商う気でおりまする。いまは地の底に落ちているであろう信用も、いずれ取り戻してみせましょう」
さすが晟藍国一の大商人と言うべきか、瘦せた身体にゆるぎない自信をみなぎらせて、富盈が宣言する。
「ですので、瀁淀大臣が罪に問われたその時には、わたくしももちろん藍圭陛下にご協力する心づもりでございます」
これはある意味、富盈から藍圭への挑戦とも取れる。
瀁淀を大臣の地位から追い落とすなら、藍圭の力でもってやってみせよと。
「――わかりました」
富盈の視線を受け止めた藍圭が、きっぱりと力強い声を上げる。
「そこまで言われて引き下がる気はありません。次に富盈殿と会う時は、いろいろと興味深い話が聞けるものと、期待しておきましょう」
富盈の挑戦を受けてみせると言外に告げ、藍圭が富盈を真っ直ぐに見つめ返す。
「富盈殿。今日は短い間でしたが、ご挨拶いただき感謝します」
「それはわたくしのほうでございます。晟藍国の未来を導く若き国王陛下にご挨拶できましたことに、心から感謝いたします」
恭しく富盈が
もともと、富盈と会っているのは『挨拶』という名目だ。あまり長居はできない。だが、藍圭にとっても富盈にとっても、実りある会談だったらしい。
海千山千の富盈相手に、一歩も引かずに渡り合った藍圭の勇気と利発さを内心で
「叶うことでしたら、龍華国の第二皇子殿下とも、お言葉を交わしたいと願っておりましたが……」
大国・龍華国の第二皇子という肩書は、富盈にとっては魅力的なのだろう。もしかしたら、富盈は藍圭ではなく、龍翔が交渉の相手になると推測していたのかもしれない。
残念そうな様子を隠そうともしない富盈に、龍翔はゆったりと微笑んでみせる。
「龍華国とつなぎをつけたいというのなら、すでに玲泉殿と
もし、藍圭が富盈の相手に手間取るようなら助太刀する気でいたが、藍圭は見事に自分自身の力で渡り合い、富盈に国王としての力量を認めさせてみせた。
それが、藍圭ひとりの力ではないと思われるような事態は避けたい。
龍翔の返事に、なおも富盈が言い募る。
「それはおっしゃる通りでございますが、商人たるもの、顔をつなぐ機会があればものにしたいものでございますゆえ……」
「ならば、初華と顔をつなげばよい。晟藍国の正妃となるのだから、おぬしにとっても得難い相手であろう?」
富盈に返しつつ、笑んだ視線を妹へと向けると、初華が不満そうに唇をとがらせた。
「お兄様ったら、わたくしにあれこれ押しつけないでくださいませ。先ほどの『付き添い』というのも、藍圭陛下の付き添いではなくて、本当は『わたくしのお目付け役』とおっしゃりたかったのでございましょう?」
「うん? わたしの目がなくとも、おとなしくしていられた自信があるのか?」
からかうように唇を上げてみせると、初華が「あら?」と愛らしい面輪に挑発的な笑みを閃かせた。
「それは、お相手次第ですわ。相手がちゃんと藍圭陛下を尊重するのでしたら、わたくしも敬意を払いますけれども、不届き者にまで甘い顔をする気はございませんわ。そもそも、その必要もございませんでしょう?」
たおやかな容貌とは裏腹に、好戦的な性格を隠そうともしない初華の言動に苦笑をこぼす。
初華の意図は明らかだ。
藍圭自身が争って余計な敵を作るくらいなら、まず初華が相対して矢面に立つ気なのだろう。そうすれば、万が一何かあった時でも、「初華が勝手に判断してやったこと」として、藍圭の威光に傷を負わせずに済むだろうと。
他国から嫁いでくる身では、何もせずとも風当たりが強いのを承知の上で、なおも前に立つ気概を持っているとは。
龍翔は内心で初華の覚悟に舌を巻く。
龍華国皇女という肩書があるとはいえ、龍翔達が帰れば晟藍国に残るのは初華ひとり。いくら龍華国の後ろ盾があるとはいえ、物理的な距離は大きい。
だが、初華はそれを承知の上で、晟藍国の藍圭の隣で戦ってゆく気なのだ。
初華の覚悟に感嘆しながら、それでも異国に残してゆく大切な妹の力に少しでもなりたくて、龍翔は親愛の笑みを初華に向ける。
「確かにおぬしの言う通りだな、初華。正しく現状を認識せぬ目の濁った者にまで、甘い顔をしてやる必要はない。もし何か困ったことがあった時は、すぐにわたしに知らせてくれ。大切な妹のためならば、天を駆けてでも、龍華国からお前のもとへ助太刀に来よう」
決してひとりではないのだと……。
たとえ遠く離れてもいつも気にかけているのだと伝えたくて、
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