114 富盈との会談 その2


 富盈にしてみれば、瀁淀と組んで『花降り婚』に必要となる材木をあらかじめ買い占め、通常の値段以上で売りさばいて暴利をむさぼろうとしたことを責め立てられていると感じているに違いない。


 結果的には、龍翔が淡閲たんえつの総督に文を送って龍華国より材木を取り寄せたため、材木の値段も下落したが、そのことを恨んでいる可能性は大いにある。


 沈黙を貫く富盈に、藍圭が困ったように眉を下げた。


「ですから、わたしも判断に悩んでいるのです。富盈殿ともあろう大商人が、実利ではなく交誼だけを求めるなんて……。何かわたしには言えぬ企みが、裏に隠されているのではないかと」


「そのようなこと! 藍圭陛下に対して企みを行うなど、あるはずがございません!」


 藍圭の言葉にかぶせるように、富盈があわてた様子でかぶりを振る。


 うろたえるさまは、表面的には心外極まりないといった様子だ。瀁淀と組んでおきながら、いけしゃあしゃあと企みはないとは、面の皮が厚いというほかない。


「陛下。どうか、弁明をさせてくださいませ」

 富盈が哀れっぽい声を出す。


「確かに、わたくしは材木の買い占めを行いました。しかし、それは瀁淀大臣から指示があったゆえの行動でございます。『花降り婚』の舞台設営のためには、大量の材木が必要でございます。準備が始まった際に、材木切れを起こすわけにはいかないと、事前に確保していただけなのです。これらはすべて瀁淀大臣からご指示があったこと。わたくしはただ、命じられた通に材木を確保しただけなのでございます」


 富盈の言に龍翔は内心で呆れ果てる。富盈の言うことが真実ならば、造船所で見た大きな船は何だったのか。富盈の買い占めのせいで材木不足が起こり、龍翔達が晟都に到着するまでの間、『花降り婚』の準備が遅々として進まなかったのだから。


「その証拠に、『花降り婚』の準備が本格化した際には、わたくしも在庫を大いに放出いたしましたではありませんか」


 富盈が在庫を出したのは、龍華国から材木が届いて値下がりする前に売り逃げるためだ。どこまでも自分に都合のよいように話す富盈の口をふさいでやりたくなる。


 しかも、買い占めは瀁淀の指示だと言っているということは、もし罪に問われた時は瀁淀にすべてを押しつけて自分は逃げる気満々でいるに違いない。


「……なるほど。瀁淀大臣の指示でしたか。確かに、わたしは一時期、晟都を離れていましたから……。指示をしようにも、伝えるすべがなかったのはその通りです」


 藍圭が苦い声でこぼす。


 命の危険を感じて晟都を離れ、魏角将軍が守る汜涵しかんの離城にいた時期のことだろう。


 藍圭の言葉に、我が意を得たりとばかりに富盈が頷く。


「左様でございます。藍圭陛下が不在でしたゆえ、わたくしも瀁淀大臣の指示に従わざるを得ず――」


「では」


 滔々とうとうと語る富盈の台詞を、藍圭の静かな声が遮る。


「わたしが晟都に戻って来、国王として公務を執り行っているいまなら、富盈殿もわたしの指示に従う、ということでよいですね?」


 念を押すような藍圭の言葉に、富盈が小さく息を飲む。考えを巡らせるように、ほんのわずかな間、視線が揺れ。


「……藍圭陛下のおっしゃる通りでございます」


 決断を下したのだろう、富盈が深い吐息とともに首肯した。


「『花下り婚』の成就はいまや確実でございます。汜涵から晟都に戻られて以来、藍圭陛下主導で毎朝、朝議が開かれ、親政を執り行われていると聞き及んでおります。さらには、一度は任を解かれた魏角将軍も戻られて、陛下のご威光はいや増すばかり。先ほど、ご交誼を結ばせていただきたいと申しあげたのは、嘘ではございません。今後、晟藍国をあまねく照らされるであろう藍圭陛下のご威光を、わずかなりともわたくしにもお授けいただければと……。そう願っているのでございます」


 富盈が豪奢な衣装に包まれた痩せた身体を折りたたむようにして、卓に額がつきそうなほど、深々と頭を下げる。


「そう言われるということは……」


 言いさした藍圭が、緊張を飲み込むように、こくりと唾を飲み込んだ。


「富盈殿は、瀁淀大臣ではなく、わたしの側につかれると?」


「陛下がわたくしを望んでくださるならば、それをお受けしない理由がどこにございましょう?」


 如才じょさいなく応じた富盈が、「ですが」と痩せた身体に似合わぬ声を張る。


「わたくしにも、商人としての信義がございます。材木でも絹でも宝石でも、手広く扱い、求める方にお売りしておりますが、取引相手の機密だけはお売りしておりません」


 藍圭の瞳を見つめ返し、富盈がきっぱりと言い切る。藍圭が目をすがめた。


「つまり……。瀁淀大臣の不正を暴くために、協力する気はないと?」


「さて……。わたくしはまったくあずかり知らぬことでございますが、もし不正を犯した者がいるのでしたら、いまだ大臣の地位にいるという事態は、一般的に申し上げて、あり得ないことではございませんか?」


 いけしゃあしゃあと富盈がすっとぼけた声を上げる。


 いまだ瀁淀の横領の証拠を掴めていない藍圭が、悔しげに唇を噛みしめた。


 先ほどは富盈を藍圭の下へ取り込んだかと思ったが、やはり一筋縄ではいかぬらしい。


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