112 差し添え人として成果を上げてまいりました その2
「
「ああ。安理に調べさせても、証拠は見つからなかったがな」
玲泉の言葉に、龍翔が苦い表情で頷く。
瀁淀の公費横領の証拠が掴めれば、大臣の地位から引きずり下ろすことも可能だというのに、厳重に隠しているのか、未だに証拠は見つかっていない。
前に季白が話していたところによると、安理の腕をもってすれば、瀁淀や富盈の屋敷に忍び込むのも可能だが、あまり非合法な手段は取りたくないというのが、龍翔の意向らしい。
非合法な手段で得た場合、逆に相手に訴えられて泥沼の争いになる可能性もあるうえ証拠の
何より、藍圭が非合法な手段を取ることも辞さぬ国王であるという印象が貴族達に植えつけられては、今後の治世に悪い影響を及ぼす可能性があるかもしれないというのが、龍翔の最大の懸念らしい。
それゆえ、富盈についてはひとまず捨て置き、『花降り婚』の成就を最優先に動いているのが現状だ。
「わたしも瀁淀の屋敷に滞在している間、それとなく探ってみましたが、やはり証拠を見つけることは叶いませんでした」
龍翔の言葉に、玲泉も同意の頷きを返す。
「ですが、わたしも瀁淀の屋敷で明順と逢えぬ寂しさに、ただ枕を涙で濡らしていたわけではございません」
「確かに、わたしや初華の目が届かぬのをよいことに、
苛烈な怒りをにじませ告げた龍翔の言葉を、玲泉は優雅な笑みで受け流す。
「結果的に芙蓮姫をこちらに取り込めたのですから、よかったではありませんか。ですが、龍翔殿下がそれだけではご満足くださらぬようでしたので、わたしも次の手を打ったのですよ?」
「それが、富盈殿と繋ぎをつけることだと?」
「ええ。その通りです」
玲泉がゆったりと頷く。
「わたしが瀁淀の屋敷に滞在し続け、藍圭陛下側ではないと示したおかげで、富盈殿に会うことが叶いましてね。先日、ようやく二人だけで話す機会を得たのですよ」
玲泉が、思わせぶりに言葉を切り、卓の面々を見回す。
明珠と視線が合った瞬間、にこりと微笑んだ玲泉に、龍翔が苛立だしげに先を促す。
「それで? 富盈殿はどのような人物だったのだ?」
「ひとことで言えば、抜け目のない人物でしたね」
龍翔の言葉に、玲泉があっさり応じる。
「さすが、晟藍国一の大商人の地位を守っていることはあります。晟藍国は交易が盛んな国。その中で多くの船を持ち、手広く商いをしている自分の価値をよく承知しておりました」
明珠は造船所で見た、民家のように大きな船を思い出す。龍華国の皇帝の
大商人ということは、あのような船を何隻も所有しているに違いない。
明珠が感心している間にも、玲泉の話は
「ですが、逆に言えば富盈殿の最大の関心は、己を富ませること。瀁淀に協力してはいるものの、一蓮托生というほど深い絆で結ばれているわけではないようです」
「つまり、そこに付け入る隙があると?」
「その通りでございます」
龍翔の言葉に、玲泉がゆったりと頷く。
「もし、瀁淀が大臣の地位から引きずり下ろされ、罪に問われた時に、自分まで
「ならば、最初から瀁淀に
苦い顔でこぼした龍翔に玲泉が笑う。
「龍翔殿下は清廉潔白でいらっしゃる。たいていの者は、労せずして大金が入るとなれば、その誘惑に
龍華国の名家の
「ともあれ」
小さく咳払いした玲泉が話を戻す。
「初華姫様と龍翔殿下が来訪し、実際に『花降り婚』の準備が進むにつれ、藍圭陛下と瀁淀の力関係にも変化が起こってまいりました。失礼ながら、一ヶ月前までは、藍圭陛下がこれほどの力を持ち、瀁淀を追い落とす可能性が出てくるとは、晟藍国の者は誰ひとりとして予想していなかったことでしょう。これも初華姫様や龍翔殿下のご尽力の
「雷炎殿下が『花降り婚』を
玲泉の称賛に欠片も表情を緩めず、龍翔が応じる。
「『花降り婚』が数日後に迫り、藍圭陛下の治世が確固たるものとなる未来が近づくにつれ……。富盈殿は不安を覚えたのでございましょう。表立って瀁淀に逆らうわけにはいかぬものの、藍圭陛下とも密かに顔を繋いでおきたい、と」
思わせぶりに言葉を切った玲泉に、龍翔が不愉快そうに鼻を鳴らす。
「つまり、藍圭陛下と瀁淀を天秤にかけ、勝つほうの味方をしてこれからも甘い汁を吸いたいというわけか。俗物だな」
「だからこそ、こちらが付け入る隙もあるというものです。確かに、信を置く気にはなれませんが、やはり晟藍国一の大商人という財力は無視できぬほどの魅力があります。うまく
玲泉が憂いをにじませて視線を伏せる。
「先ほど、龍翔殿下が富盈殿を俗物とおっしゃられていたように、藍圭陛下が富盈殿に怒りを覚えられるという懸念は捨てきれません。藍圭陛下にしてみれば、『花下り婚』を妨害したひとりであるのですから。わたしの言葉では、陛下のお心に届かぬ可能性がございます。それゆえ、藍圭陛下が『義兄上』と慕ってらっしゃる龍翔殿下に、先にお話にまいったのです」
「なるほど……」
玲泉の言葉に、龍翔が考え深げに頷く。
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