111 さすが、晟藍国の一流の職人達が手がけた舞台ですな
夏のまばゆい陽射しが華揺河に反射し、
気温はじっとしていても汗がふき出すほどに暑いが、華揺河を渡る涼風と、龍翔や周康が
龍翔は供の周康、藍圭と初華、雷炎とその従者達とともに、『花下り婚』の舞台を訪れていた。
夕べの宴で雷炎が『花下り婚』の舞台を見てみたいと言い出し、藍圭が早速、今日案内すると応じたためだ。
『花下り婚』の舞台は、港の中に船を何隻もつなげて基礎とし、その上に板を張って作られている人工の浮島だ。
円形で直径は十丈(約三十メートル)ほど。国王の
その中にはもちろん、差し添え人である龍翔と玲泉、大臣である瀁淀、そして
いつもなら大勢の職人が忙しく立ち働いている舞台の上は、見学する貴人達に失礼があってはならぬと、今は職人はひとりもいない。
「さすが、晟藍国の一流の職人達が手がけた舞台。いっときだけのものとは思えぬほど、見事ですな」
藍圭や初華とともに舞台の中央に進んだ雷炎が、周囲を見回し、感嘆の声を上げる。
舞台には、真新しい材木の香りや、彩色に使われた染料の匂いがうっすらと揺蕩っている。
一時は材木不足で舞台の設営すら危ぶまれたが、周康が
準備に日数がかかる舞台上の彫刻などについては、事前に職人達に工房で作らせておき、運び込んで設置する状態にしていたことも大きい。
「お褒めいただき、光栄です」
雷炎の言葉に、藍圭が嬉しそうな顔をほころばせる。
「あと数日もせぬうちに準備が整い、『花下り婚』が執り行われます。雷炎殿下にもご臨席いただきましたら、これほど嬉しいことはございません」
「もちろん、臨席させていただこう。このように華やかな舞台に並び立つ凛々しい少年王と美しい花嫁は、さぞかし見ごたえがあるでしょうな。俺も『花下り婚』の日を心待ちにしている」
言いながら、舞台を見回した雷炎が、ふとがっしりした首を傾げる。
「しかし……。遠目に見た時には気づかなかったが、実際に舞台に上がってみると、意外と手狭ですな。これでは、参列する貴族達が入りきらぬのでは?」
もう一度舞台を見回した雷炎につられて、龍翔も慶賀の色である赤と、晟藍国を表す青色であざやかに彩られた舞台に目をやる。
円形の舞台の直径は十丈(約三十メートル)ほど。十人にも満たぬ者しかいない今は広く感じられるが、数十人も乗れば、途端に手狭になるだろう。
雷炎の問いかけに、藍圭があっさり頷く。
「舞台に上るのはわたしや初華姫様、差し添え人の義兄上や玲泉殿と従者達、あとは晟藍国の高官の主だった者達だけで、大半の貴族は、舞台の周りに船を浮かべての参列となるのです。晟藍国は水運の国。国王の婚礼の際は、このように華揺河に舞台を
藍圭の説明を聞いた雷炎が、感心したように頷く。
「なるほど。それはさぞ盛大でしょうな。ということは、俺も船を飾らねばならんな」
「とんでもない!」
雷炎の言葉に、藍圭が驚きに目を
「震雷国の第二皇子でいらっしゃる雷炎殿下は、
「なるほど。藍圭陛下がそのようにおっしゃってくださるのなら、ぜひとも間近で美しい
最初から藍圭の返事を予想していたのだろう。
にかっと笑った雷炎が、初華に笑顔を向ける。厳しい陽射しを遮るため、後ろに控えた
「ええ。楽しみにしてくださいませ。当日、わたくしが見つめているのは、藍圭陛下だけでございますけれど」
「わたしも初華姫様の花嫁姿を見るのが楽しみです! ……見惚れてしまって、段取りを忘れないように気をつけなければ……」
弾んだ声を上げた藍圭が、一転して困ったように声を落とす。初華が柔らかな笑みをこぼした。
「まあ、藍圭様ったら。大丈夫ですわ。もし何かあったとしても、わたくしがついております。それに、お兄様も。どうぞ、ご安心下さいませ」
「はい……。ですが、実際に舞台に立ってみると、ここで大勢の人々を前に《
藍圭が小さな肩をしょぼんと落とす。「ほう」と感心したような声を上げたのは雷炎だ。
「もし見られたらと願ってはいたが……。《霊亀》を見られるとは、これは
雷炎の視線を受けた初華が頷く。
「ええ。龍華国と晟藍国の絆を結ぶ『花下り婚』ですもの。ですが、残念ながら、わたくしは《龍》を喚び出すことは叶わず……」
ちらりと向けられた妹の視線を受けて、龍翔は雷炎に向き直った。
「《龍》については、わたしが召喚する。……が、《
龍翔の言葉に、雷炎が「当然だろう?」と大きく頷く。
「各国の皇族や王族の血筋にしか伝わらぬ特殊な《蟲》だ。蟲招術を使う者として、興味を持たぬはずがなかろう。叶うならば、我が《焔虎》とどちらが強いか、試してみたいところではあるがな」
雷炎が虎が牙を
血気盛んな雷炎の言葉に、龍翔は苦笑をこぼした。
「さすが豪胆な雷炎殿下。自信に満ちあふれていらっしゃる。確かに、わたしも《焔虎》をこの目で見たくはありますが……。《焔虎》と《龍》がぶつかりあえば、辺りはただでは済みますまい。せっかく設えた舞台に何かあっては、藍圭陛下と初華に叱られてしまいます」
「そうですわ! もしそんな事態になれば、雷炎殿下とお兄様に責任を取っていただきますから!」
紗の向こうから、初華が悪戯っぽく雷炎を睨む。
龍翔とて、震雷国の皇族しか扱えぬ《焔虎》への興味はかなりある。
が、たとえ模擬戦だとしても、他国の皇族同士が戦えば、どちらに軍配が上がろうとも、何らかの
船上で玲泉と模擬戦をしたのとは、状況が違うのだ。まもなく『花下り婚』が開催されるという大切な時期に、危ない橋は渡らないに越したことはない。
龍翔と初華の反応に、雷炎がもう一度舞台を見回し、残念そうに吐息する。
「確かに、木製の舞台の上で《焔虎》の力を振るえば、この広さ程度なら、あっという間に
至極あっさりと放たれた雷炎の言葉に、《焔虎》の力はそれほどなのかと、龍翔は内心で舌を巻く。
急ごしらえとはいえ、舞台は決して粗雑な造りではない。これをたちまち焼き尽くせるとは、《焔虎》の力はいかほどのものか。
「仕方がない。では、《龍》を見るのは『花下り婚』当日の楽しみとしよう。舞台に上がれるということは、特等席で見られるということだしな」
「はいっ!
藍圭が舞台のあちらこちらを指し示しながら雷炎に熱心に説明するのを、龍翔は微笑ましく見守った。
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