107 従者達は真夜中に語らう その5
「っ!?」
息を飲んだ張宇達をよそに、季白が自信ありげに続ける。
「龍翔様の御子となれば、男子ならばおそらく《龍》の力を受け継がれてらっしゃることでしょう。《龍》の力の研究にとりつかれているあの遼淵様が、《龍》の血を引く者の祖父になれるやもしれぬ機会をふいにすると思いますか?」
「それは、天地がひっくり返ってもありえませんね……」
季白の勢いに飲まれたようになりながらも、きっぱりと断言したのは、遼淵の高弟である周康だ。
「まあ、確かに遼淵様なら、皇子の祖父になるってゆー点よりも、そっちを魅力に感じるでしょーねぇ~」
安理も納得したように同意する。
将来、龍翔が皇位についたとして、明珠との間に子どもが生まれていれば、遼淵は皇子もしくは皇女の祖父として、権勢を振るえること間違いなしなのだが……。
周康と安理が言う通り、遼淵が世俗の権威などに
というか。
「季白……。お前、以前は明珠がもしそんな事態になったら、子どもはこちらで引き取って、明珠には田舎で小料理屋でも開かせると言っていたが……。いまの言動もたいがい酷いぞ!? 結局、明珠を解呪と政争のための道具として扱っているに等しいだろう!?」
「うっわ――。季白サン、そんなコト考えてたんスかぁ~? ひっど~っ!」
安理が尻馬に乗って、季白を責める。
「それ、龍翔サマに聞かれたら、確実に首を斬られるヤツっスよ~?」
安理の言葉に、周康も無言でこくこくと同意する。
「何を言うのです!?」
季白が目を吊り上げた。
「小料理屋の女将から妃なんて、天と地ほどの差ではありませんか! 本来なら、泣いて感謝されるところですよ!?」
「いや、明珠チャンの場合、喜ぶよりも先に、畏れ入って遠慮するんじゃないっスか?」
反省の色のない季白の言動に、すかさず安理がつっこむ。
本格的に頭痛を覚え、張宇は顔を押さえ、「はあぁっ」と海よりも深く嘆息した。
「季白。お前の考えは理解した。が、さっきも言ったように、龍翔様と明珠の意志も確認せずに実行するのは俺が許さん。まずはちゃんと龍翔様にもご説明申しあげて了承を得ろ。でないと、先に俺がお前を斬る羽目になりそうだ」
「……わかりました。あなたがそこまで言うのなら、まずは龍翔様にご説明申しあげましょう」
言うなり、季白が立ち上がる。
「安理。龍翔様はすぐにご就寝なさるご様子でしたか?」
季白が歓迎の宴の間、明珠と留守番をしていた安理に尋ねる。
「たぶん起きてらっしゃるんじゃないっスかねぇ? 明珠チャンは龍翔様を待ってる間に寝落ちちゃったんで……。今頃は夜着に着替えてらっしゃる頃じゃないかと。龍翔様が寝込みを襲ってたらびっくりっスけど、天地がひっくり返ってもありえないっスからね~♪」
「おい安理!」
とんでもないことをさらっと言った安理に、思わず張宇の声が尖る。季白も目を吊り上げた。
「主人が帰ってくる前に寝落ちるとは、なんと不敬な……っ! やはりあの小娘は、もっと厳しく指導せねばなりませんね……っ!」
「季白。そう言ってやるな。今夜は歓迎の宴の後に、話し合いもあったんだ。明珠が先に眠ってしまっても仕方がないだろう? 龍翔様もきっと、先に眠っていてよいとおしゃっていただろうし……」
「そうっスよ~。明珠チャンもぎりぎりまで起きて待ってようと頑張ってたんスから♪」
張宇だけでなく安理までもが明珠を庇う。季白がますます目を怒らせた。
「まったく! 龍翔様もあなた達も、小娘に甘すぎです! 小娘がつけあがったらどうする気ですか!?」
「いや……。明珠がつけあがっているところなんて、逆立ちしても、想像できないんだが……」
張宇が呟くと、安理も周康も、うんうんと同意の頷きを返す。
季白がくわっと目を見開いた。
「甘いですよ、あなた達は! 女人など、身分が変われば、見せる顔もころころ変わるものなのですから!」
「えぇ~っ、それは女人によるんじゃないっスかぁ~? ってゆーか季白サン、みょーに実感がこもってるっスけど、昔に何かあったんスか?」
安理がきしし、と人の悪い笑みを浮かべて季白をからかう。
「龍翔様にすべてを捧げているわたしが、女人などにうつつを抜かしている暇があるわけがないでしょう!? 王城に勤めていれば、嫌でもいろいろな噂が耳に入ってきますからね。聞きかじっただけです。というか、無駄話などしている暇はありませんよ! 龍翔様がご就寝になられる前に、お話をしに行かねば!」
険しい顔つきで断言した季白が、張宇の返事も待たずに
「オレと周康サンは、藍圭陛下と初華姫様の警護につかなきゃいけないんで、いってらっしゃいっス~♪」
ひらひらと手を振る安理に見送られ、張宇は部屋を出た季白をあわてて追った。
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