107 従者達は真夜中に語らう その3


「このように龍翔様は着実に地歩を固めてらっしゃいます! 第二皇子派や第三皇子派が卑劣な罠を仕掛けようとも、それで歩みを止められる龍翔様ではございませんっ! ああっ、見える……っ! わたしの目には、皇位につかれてさまざまな改革を実行に、のちの歴史書に龍華国中興の祖、史上まれなる名君とたたえられる龍翔様のお姿が見えます……っ!」


 想像の中の主の姿に感動しているのか、瞳を潤ませ、陶然とうぜんと天を仰いでいた季白が、やにわに周康を振り返る。


「というわけで周康殿! 遼淵様に《渡風蟲》で文を送りましょう!」


「おい待て季白! 何が『というわけで』だ!? 論理が飛躍しているぞ!」


 たまらず思いっきりつっこむと、季白が呆れたように目をすがめて張宇を振り返った。


「決まっているでしょう!? 龍翔様が皇位に昇られる次なる一手を打つためです!」


「遼淵様まで巻き込んで、いったい何をするつもりなんだ? 俺達にもちゃんとわかるように話せ」


 季白と遼淵が組んで前回しでかしたことと言えば、明珠に媚薬を盛って、強引に龍翔と結ばせようとしたことだ。


 不安しか覚えない。


 内容によっては、身体を張ってでも止めなくては、と悲壮な決意を固めていると、季白がふぅ、と吐息した。


「明珠を正式に蚕家の娘として認めてもらうよう、遼淵様に依頼するのですよ。そのうえで、龍翔様と婚約を結んでいただくのです」


 とんでもないことをあっさりと告げた季白が、不意に拳を握りしめる。


「たとえ、仮であろうとも、あの天然鈍感娘がわたくしの大切な龍翔様とご婚約だなんて……っ! 正直、はらわたが煮えくり返る思いですが、禁呪を解くためならば仕方がありません……っ!」


 握りしめた拳だけでなく、全身をわななかせる季白からは、断腸の思いがありありと見て取れる。が。


「おい待て! 『仮』の婚約とはどういうことだ!? それに禁呪を解くためって……っ!?」


 張宇は目を怒らせて季白に詰め寄る。


 遼淵に明珠を娘として正式に認めさせ、龍翔と婚約を結ばせるのは、明珠を手放したくないという龍翔の想いに応えるためではないのか。


 それにしても、本人達の意志をまったく無視しているのはいかがなものかと思うが。


 張宇の詰問に、季白が悪びれる様子もなく、堂々と胸を張る。


「龍翔様は誠実で高潔で鋼の理性をお持ちでいらっしゃいますからね! あのような天然鈍感娘にもお慈悲をかけてやるとは、なんと寛大なお心でいらっしゃることか……っ!」


 龍翔への崇拝にふたたびうっとりとなりかけた季白が、あわてて咳払いする。


「が、小娘が婚約者となり、遼淵様の許可も下りたとなれば、障害はないも同然! さしもの龍翔様も小娘に手を出されるに違いありませんっ! むしろ、手を出さねば、何か問題があるのかと勘繰かんぐられてしまいますからね!」


「いやっ、いまの時点で問題ありだろうっ!? 龍翔様と明珠の意志はどうなる!? 二人には何ひとつ相談していないんだろう!?」


 龍翔のほうは確証はないが、ここ数日、季白は龍翔の供や『花降り婚』の準備に忙しく、明珠と二人で話をする機会など、まったくなかったはずだ。


 明珠本人に意思確認をしていないのは明らかだ。


「そんなもの!」

 季白が妙に座った目で張宇を見返す。


「たとえ仮であろうとも、龍翔様の婚約者となれるなんて、『私のような不束者をおそばにおいてくださるなんてありがとうございます!』と、小娘のほうから伏して願い奉るべきでしょう!? 確認などするまでもなく、それ以外の返事などありえませんっ!」


「お前な……」


 迷いなく断言した季白に、張宇は頭痛を覚えて額を押さえる。


 ぶっひゃっひゃっひゃ! と、こらえきれないように吹き出したのは安理だ。


「ちょっ!? 季白サン!? そりゃ、季白サンからしてみれば、そーかもしれないっスけど、さすがに本人にまったく話を通してないのはマズイでしょ? 明珠チャンの性格だと、『私なんかが龍翔様のおそばにはべるなんて、おそれ多いです!』とかなんとか、遠慮しちゃうんじゃないっスか?」


 安理の言葉に、張宇はうんうんと頷く。


 謙虚な明珠のことだ。絶対にぶんぶんと首を横に振って、辞退するに違いない。

 いかに純真な明珠でも、さすがに婚約者がどういう存在かくらいはわかるだろう。


 ……婚約を結ばせた季白が、明珠に『ナニ』を求めているかまでは、絶対に理解できないだろうが。


 というか。


「さっきから、『仮』の婚約者だと言っているが、『仮』とはどういうことだ!?」


「なるほど……。確かに、小娘にとっては、龍翔様の婚約者は、地の底から天へと引き上げられるほどの大抜擢。畏れ多すぎて、尻込みしてしまう気持ちは、わからなくもありません……」


 と、ひとり納得したように呟く季白を問いただす。


 なんだかもう、嫌な予感しかしない。

 案の定、季白が熱意に燃える目で告げる。


「わたしはまだ、龍翔様の正妃に、皇后として立つにふさわしい女人をお迎えする夢を諦めてはいませんっ! それに、一度床をともにしてみたものの、幻滅するという可能性だってあるでしょう!? 遼淵様の娘としてぐうする以上、無碍むげには扱えなくなりますが……。もちろん、対外的には『仮』であるとは言いません。あくまでも内々だけです」


「内々でも駄目だろうがっ! 遊び人の玲泉様でもあるまいし、龍翔様が明珠を見捨てるなど、ありえないだろうっ!? ……季白。お前、いまの話を龍翔様の前でしてみろ。下手したら叩っ斬られるぞ」


 季白の口ぶりから察するに、どうせ龍翔にも話を通していないに違いない。

 嘆息まじりに告げると、


「ですが、これは玲泉様の魔の手から小娘を守るためでもあるのですよ?」


 と、季白が表情を改めた。


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