107 従者達は真夜中に語らう その2
「龍翔殿下と玲泉様との間で板挟みになる羽目に陥るなんて……っ! いったい、どうやったらわたしは生き延びることができるんでしょう……っ!?」
「そんなこと、考えるまでもなく龍翔様一択に決まっています!」
「ちょっと待て季白」
間髪入れずに返した季白に、張宇は思わず口をはさむ。
「周康殿は蚕家の術師であって、俺やお前や安理のように、龍翔様の臣下というわけじゃない。周康殿にも立場があることを忘れるな」
張宇の言葉に、周康が救いの手を見たかのように視線を向けてくる。
「遼淵様に命じられておりますし、わたしとしては龍翔殿下にお味方したいと思っております。……が、蛟家の権勢は強大……。一介の宮廷術師ごときが立ち向かえるものではございません。その……」
周康が震える声を紡ぐ。
「龍翔殿下にご助力する代わりに、わたしを守っていただけませんか……?」
周康の気持ちはわからなくもない。
宮廷術師の頂点である遼淵の高弟であり、自身も宮廷術師とはいえ、貴族の出ではない周康は、特別な後ろ盾をもっているわけではない。
大臣を
加えて、変わり者と名高い遼淵のことだ。好奇心が刺激される事態でなければ、蛟家と対立してまで、周康を守ってやろうとはしないだろう。周康が龍翔を当てにしたいのもわかる。
張宇は唇を引き結び、周康の申し出を吟味する。
龍翔の禁呪が解けていないいま、優れた術師である周康が味方となってくれることはありがたい。
玲泉の要求をはねつけるために龍翔に
古くから龍翔に仕えている季白や張宇と違って、いままで周康は一歩引いたところがあったが、今後はいっそうの忠節を尽くしてくれるに違いない。
しかも、玲泉が周康に求めているのはただひとつ、明珠を手に入れるための助力だ。もし、周康が玲泉の味方についたら、術師なだけに厄介極まる。
《幻視蟲》などで目をくらまして連れ出されたりしたら、気づくのが困難だ。明珠も自分を庇って怪我を負った周康に負い目を感じているだけに、たやすく従ってしまうに違いない。
「いや~っ、周康サンも厄介な相手に借りを作っちゃったっスねぇ~」
他人の不幸は蜜の味と言わんばかりの人の悪い顔で安理が笑う。
「おい安理。茶化すな。もし玲泉様が救援に入ってくださらなかったら、周康殿だけでなく、明珠まで怪我をしていたかもしれないんだぞ」
安理をたしなめ、周康に向き直る。
「龍翔様のご気質は周康殿も知っているだろう? 明珠のことを抜きにしても、龍翔様は一度、
力強く断言した張宇の言葉に、周康がようやくほっと表情を緩める。
「張宇殿がおっしゃる通りです。確かに、何があろうと、龍翔殿下が明珠お嬢様を手放される事態は起こり得ぬでしょうね……」
呟いた周康が視線を伏せ、何やら考え深げな表情になる。
そのまましばし黙考し……。決然とした表情で顔を上げた。
「今日のことで、わたしも覚悟が決まりました。龍翔殿下と玲泉様のどちらかを選ばなければならないのでしたら、わたしは龍翔殿下に忠誠を捧げることを誓いましょう。もともとわたしは龍翔殿下にお仕えするよう、遼淵様に命じられた身。玲泉様に与したりすれば、龍翔殿下だけでなく、遼淵様からもどんな罰を受けることか……」
恐ろしげに身を震わせた周康に、安理が、
「確かに……。遼淵サマだと、いったい何をどーするか、想像もつかないのが怖いっスねぇ……」
と同意する。人の心の機微を読むのに
「ですから」
周康が己を鼓舞するように強い声を出す。
「わたしは龍翔殿下に――。殿下が禁呪を解かれ、ゆくゆくは皇位につかれる未来に賭けます。そのためには、粉骨砕身してお仕えいたしましょう」
そう告げる周康の目は、力強い輝きに満ちている。
そういえば、平民の出である周康は、出世を目指す野心家だといううわけを聞いたことがある、と張宇は記憶を呼び覚ます。
賭けとしての分は悪いものの、龍翔が皇帝となれば、周康の出世は確実なものになるだろう。周康はその可能性に賭けたに違いない。
むろん、張宇とて、龍翔が皇位に昇り詰めるためには、力を惜しまない。この身を捧げる覚悟は、とうの昔にできている。
「周康殿! よく決意されました!」
喜色に満ちた声を上げたのは季白だ。
「周康殿の賢明な判断を褒めたたえましょう! そうです! 龍翔様こそが皇子達の中で最も皇帝にふさわしい御方! あいにく、強力な後ろ盾をお持ちでないゆえ、皇位争いではいまのところ不利な位置にいらっしゃいますが、乾晶では《晶盾族》の忠誠を得、今回の『花降り婚』では晟藍国と
ぐっと拳を握りしめ、
「いまだ禁呪こそ解けてらっしゃいませんが、逆に、禁呪にかかったことにより、筆頭宮廷術師の遼淵様のご助力を得るという盟約を取りつけられ……っ! ああっ、さすがは龍翔様! 禁呪を解いたのち、あの小娘を玲泉様に引き渡し、蛟家の後ろ盾を得ることが叶えば、言うことなしだったのですが……。龍翔様がそれをお望みではいとおっしゃるのでしたら、その点については、ひとまず保留にいたしましょう。龍翔様のこと、きっとわたしなどでは想像もつかぬ深遠がお考えがおありに違いありませんっ!」
いや、深慮も何も、龍翔が明珠を手放す気がないのは、政治的な策などではなく――。
と、反射的に口を挟みそうになり、張宇は自制する。
龍翔に心酔する季白のことだ。ここで下手に口を挟むと、また暴走しかねない。
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