105 渦巻く懸念 その1


 歓迎の宴はつつがなく終わり、雷炎が貴人用の客室へと下がったのち、龍翔達はあらかじめ定められていた通り、藍圭の居室にほど近い部屋を訪れていた。瀁淀と瀁汀の親子も己の屋敷への帰途へついているはずだ。


 広い宅には藍圭だけでなく初華や玲泉、魏角将軍の姿もある。宴の間は後ろに控えていた季白や張宇、周康や浬角といった従者達もこの場では卓についていた。


 芙蓮は部屋に下がっていて不在だが、芙蓮付きにした侍女には、芙蓮が勝手に雷炎の客室を訪れたりする事態を決して引き起こさぬよう、重々言い含めている。


「藍圭陛下。歓迎の宴の主催、お疲れ様でございました」


 口火を切ってねぎらった龍翔に、藍圭が「とんでもないです!」とかぶりを振る。


「大過なく終えることができたのは、初華姫様や義兄上が準備を手伝ってくださったおかげです! わたし一人では、雷炎殿下の来訪を知ることもできず、叔父上に対応を任せきりになっていたことでしょう」


「藍圭様。そのようにご自身を卑下なさらないでくださいまし。雷炎殿下への受け答えは、国王としてとてもご立派でしたわ」


 初華が包み込むような笑顔を藍圭に向ける。


 龍翔はぐるりと卓につく面々を見回した。


「さて……。藍圭陛下と魏角将軍、浬角殿を除けば、わたし達は初めて雷炎殿下にお会いしたわけだが……。どのような御仁ごじんと見た?」


 龍翔の問いかけに、誰ともなくそれぞれ顔を見合わせる。最初に口を開いたのは玲泉だった。


「震雷国の第二皇子、雷炎殿下といえば、勇猛なことで名高い御方だと噂で耳にしておりましたが……。やはり、噂はあてになりませんね。勇猛というだけでなく、かなりしたたかな御仁かと」


 意見を述べた玲泉が、龍翔にならうかのように卓を見回す。


「わたしはあいにく港へ出迎えに行けませんでしたが、港での雷炎殿下のご様子はいかがだったのです? 瀁淀からは不平不満しか聞けなかったため、さっぱり状況がわからぬのですが」


「両手に妓女をはべらせておったな」


「それはそれは……」

 龍翔の返答に玲泉が苦笑を洩らす。


「だが、宴での芙蓮姫への対応を見るに、女人で身を持ち崩すようには見えぬな。わたしもかなり手強い相手という印象を受けた」


「わたくしもお兄様と同じ印象を持ちましたわ」

 龍翔の言葉に初華が追随する。


「腹の底が見えない御方というか……。『花降り婚』直前のこの時期にわざわざ来訪されたということは、何らかの企みをもってらっしゃるはずですけれど、いったい、何をどうしようとされているのか……。雷炎殿下のご様子を見るに、欄に晟藍国の国情を調べに来られただけのようには、思えませんの……」


 不安を宿した初華の声音に、卓に沈黙が落ちる。


 意を決し、龍翔は口を開いた。


「実は、先ほどの宴でひとつ違和感を覚えたのだ。雷炎殿下が「『花降り婚』の成就が第一。それまでは芙蓮姫についてのことは考えられぬと言った時のことだが……。うがった見方をすれば、雷炎殿下は『花降り婚』の成否によって、芙蓮姫をめとるかどうか考えると――。つまり、と考えているように思えたのだが、わたしの他に、そう感じた者はいなかっただろうか?」


「っ!?」


 龍翔の言葉に、卓の面々が息を飲む。


「途中、龍翔様が厳しいお顔をされていたのは、そういう理由だったのでございますか……」


 切れ長の目をすがめたのは季白だ。


「龍翔様のご懸念はもっともでございます。雷炎殿下のご訪問は、ご本人の言によると『花降り婚』を言祝ことほぐため。事実、雷炎殿下は『花降り婚』に異を唱えてらっしゃいません。であるならば、藍圭陛下と初華姫様のご婚姻は確定事項のはず。だというのに、芙蓮姫に対する態度を保留しているのは……。龍翔様のご指摘通り、不可解ございますね」


「単に、芙蓮姫の迫り具合に嫌気がさして、かといって歓迎の宴の場で拒絶するのも角が立つと、あいまいにした可能性も否定できないけれどね」


 こと龍翔の意見については盲従しがちな季白を押し留めるかのように、玲泉が口を挟む。


「確かに、その可能性もあるが……。単に断るだけならば、震雷国で内々に婚約話が持ち上がっていると言えばよかったのではないか? 大々的に公表されているのでなければ、嘘を言われたとて、こちらに調べるすべはなかろう?」


 反論した龍翔に、玲泉が「ふむ」と端麗な面輪をしかめる。


「では、もう少し推測を深めてみましょうか」

 玲泉がぴんと人差し指を立てる。


「まず一つ目。予定通り、藍圭陛下と初華姫様の『花降り婚』が成就する。その場合、龍華国の皇女が晟藍国の正妃となり、龍華国寄りの藍圭陛下が国王の座を確固たるものにすることで、震雷国の影響力は嫌でも低下してしまいます。それを防ぐため、藍圭陛下の姉である芙蓮姫を娶るのは、晟藍国とのつながりを保つための策として、悪くはないでしょう。芙蓮姫は失礼ながら、御しやすい性格でいらっしゃいますし……」


 ふと言葉を止め、眉を寄せて考え込み始めた玲泉に、龍翔は「どうした?」と問う。


「いえ……。のちのちのことを考えますと、『花降り婚』がめでたく成就しても、芙蓮姫は晟藍国の貴族と縁づいていただくのがよいのではないかと思いまして……」


「どういうことですか?」


 深刻な表情でこぼした玲泉に、藍圭が不安そうに問いかける。


 卓の面々の視線が集中した玲泉が、珍しく言いづらそうにためらった。


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