104 歓迎の宴 その2
雷炎から放たれた威に
そんな雷炎に、龍翔は心打たれたように感嘆の声を上げた。
「さすが、大国震雷国の第二皇子でいらっしゃる。《焔虎》の力をたのまず、己の力で事を成し遂げようとする
叶うなら、父である龍華国の現皇帝や高官達に、雷炎の姿を見せてやりたいと切に願う。
龍華国の繁栄が未来永劫続くものと信じて疑わず、己の地位を高め、富を増やすことばかりに
まるで、足るということを知らぬ底なし沼のように、貪欲に富を求める彼らのせいでどれだけの不正や汚職がはびこり、民が苦しんでいることか。
自分達が踊り狂う舞台が根元からじわじわと腐り落ちようとしていることにも気づかず、権力闘争に明け暮れているさまは、
龍華国を降し、大陸の覇者を目指さんと気炎を発する雷炎の姿を見れば、高官達も己達の争いがいかに愚かなものなのか気づくだろうか。
……いや。
龍翔は己の想像に脳内でかぶりを振る。
欲に目がくらんだ高官達は、そう簡単には目を覚ますまい。
今まさに、雷炎の隣で恐怖に震えている瀁淀のように怯え……。我が身の行いを振り返るどころか、何とかして自分の身と財貨だけは守ろうと、狂ったように保身に走るに違いない。
「龍翔殿下、どうなさいましたか? そのように浮かぬお顔をなさって。雷炎殿下の豪胆なご様子にあてられましたかな?」
玲泉が軽やかな笑い声を立て、からかうように問いかける。
春の風を連想させる柔らかな玲泉の声音に、瀁淀と芙蓮が氷漬けから融けたように、強張らせていた表情を緩める。
緊張をにじませ、口を真一文字に引き結んでいた藍圭も、ほっとしたように小さく息を吐き出した。まだ幼い藍圭にとって、気炎を上げる雷炎はさぞ恐ろしかっただろうに、
今まで控えめに席についていただけの玲泉が割って入ったのも、藍圭の様子を見かねたためだろう。巧みに場の空気を読む玲泉の能力の高さには感心するが……。
明珠のことがあるため、どうしても素直に評せない。
が、せっかく玲泉が場の空気を変えようとしたのを無下にはできない。
「いや、あてられらというか……」
龍翔は何と答えるつもりかと興味深げな顔つきでこちらを見つめる雷炎の視線を受け止め、ゆっくりと口を開く。
「雷炎殿下がおっしゃる通り、強大な力をもってしても、できぬことは多くある。それを自覚してらっしゃる雷炎殿下に、思わず共感を覚えたのだ……」
まさに、雷炎の言う通りだ。
強大な力を振るうことのできる《龍》。その力を身に宿していても、ままならぬことのなんと多いことか。
心の奥底に淀む
いや、
震雷国には、雷炎を含め、皇子が二人いるが、二人は同腹で仲も悪くないと聞く。
皇子が三人とも異母兄弟であり、互いに皇位を争っている龍華国とは雲泥の差だ。
今のところ、龍華国と震雷国の間に大きな争いは起こっていないが、万が一、戦端が開かれるような事態が起これば、龍華国の対応は後手後手に回るに違いない。
国境の状況を見もせず、安全な王城で右往左往し、一向に進まぬ議論を繰り返す高官達の姿がありありと想像できて、嘆息したくなる。
あからさまに
「まこと、雷炎殿下のお心意気は見事でございますね。龍翔殿下も感じ入るところがおありなのではございませんか?」
見かけこそにこやか極まりないが、言外に伝えたいことは明らかだ。
龍翔の大願である皇位に昇り詰めたいのなら、明珠を玲泉に譲れということだろう。そうすれば、蛟家が後ろ盾について、皇位へと押し上げてやるぞ、と。
だが、そんな取引など、
「確かに、おぬしの言う通りだな、玲泉」
「望みは、己の手で叶えてこそ、価値のあるもの。望むものを己の手で勝ち取るという雷炎殿下の姿勢は、わたしも見習わねばならん」
「……たとえそれが
玲泉が呆れ果てたような声で
「ああ。たとえ一人であろうとも、望みもせぬ平らな道を行くよりも、
決然と告げた龍翔は、「だが」と口元をほころばせる。
「幸いなことに、わたしは一人きりではない。数は少なくとも、優秀で忠義に篤い臣下に恵まれておるのでな」
告げた瞬間、後ろで控える季白と張宇の気配が動く。
もし今が雷炎の歓迎の宴の最中でなければ、季白あたりが「もちろんでございます! 龍翔様の望まれる道こそが、わたしにとっても歩むべき道! この季白、何があろうとも、龍翔様とともに歩ませていただきます!」と、声を震わせて宣言しそうだ。
代わりとばかりに、藍圭が口を開く。
「
藍圭にとっては、初華を通じて
だが、真摯な口調には、そのような思惑を超えた誠実さが感じられ、心があたたかくなる。
「藍圭陛下にそのように言っていただけるとは、ありがたいことでございます」
穏やかに微笑んで謝意を述べれば、藍圭が愛らしい面輪をはにかませて、
「龍翔殿下は、わたしの大切な妻である初華姫様の兄上ですから!」
と、明るい声で断言した。その隣では、初華が大きく同意の頷きを返している。
三人の様子を見守っていた雷炎が、「ふむ」と興味深そうな呟きを洩らした。
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