103 宴の前に その1


「雷炎殿下はどのような御方なのですか?」


 雷炎が晟都へ到着した日の夜。


 さっそく開かれる歓迎の宴に出席するため、濃い青地に銀糸で龍の刺繍ししゅうがほどこされたきらびやかな衣を纏った龍翔を見上げ、明珠は一番気になっていたことを主に尋ねた。


 港から龍翔と季白が険しい顔で帰って来た時には、てっきり雷炎の滞在先が瀁淀の屋敷に決まってしまったのかと誤解したが、無事、雷炎は王宮に滞在することに決まったらしい。


 というわけで、今宵さっそく王宮で雷炎殿下来訪の歓迎の宴が開かれる運びとなったのだが……。


 残念ながら、明珠は部屋で安理と留守番をするよう、龍翔に言いつけられている。


 本当は、張宇と一緒に留守番をする予定だったのだが、急遽きゅうきょ、張宇も宴に出席することになったため、安理と代わることになったのだ。


 龍翔が説明してくれたところによると、雷炎は予想以上に龍翔についての情報を得ているらしく、そのため龍翔の両翼として名をせている季白と張宇も宴に出席せざるを得ないらしい。どうやら、雷炎はなかなか油断ならぬ相手のようだ。


「季白と張宇がおらねば、どこに行ったのかと尋ねられるだろうからな……。雷炎殿下に変な勘繰かんぐりをされたくはない。本当は、お前の警備を手薄にはしたくないのだが……」


 そう告げる龍翔の表情はひどく苦い。


「大丈夫です! 龍翔様のお言いつけ通り、一歩も部屋から出ずにおとなしくお留守番をしますから!」


 龍翔の憂いを少しでも払いたくて、秀麗な面輪を見上げて告げると、「むろんだ」と龍翔が重々しく頷いた。


「わたしか張宇が帰って来るまで、決して扉を開けてはならんぞ。ましてや、玲泉に開けるなど、もってのほかだ」


 龍翔が、そばに控えている安理に鋭い視線を向ける。


「よいか、安理。しっかりと明珠を守れ。玲泉も差し添え人として宴に出るゆえ、わたしも目を光らせておくが……。抜け目のない彼奴あやつのことだ。自分は主賓しゅひんではからと、わたしが雷炎殿下の応対をしている隙に、ひとりでこっそり抜け出さぬとも限らん。万が一、明珠に何かあれば――」


 ひやり、と龍翔から冷気のような圧が立ち昇る。


「その首が胴体から離れると思っておけよ?」


 自分に向けられたわけではないのに、思わず明珠が身を強張らせてしまうような威圧感。


 だが、安理は怒りをそらすかのように、にへら、と軽やかに笑みをこぼす。


「やっだなぁ~。重々わかってるっスよ~♪ オレも龍翔サマに叩っ斬られるのは御免なんで~♪」


「つい数日前に明珠を玲泉に会わせておいて、どの口が言う?」


 安理の返事にも、龍翔の鋭い視線は緩まない。


「いやほら、あの時はイロイロあったってゆーか……。まあ、大丈夫っスよ♪ さすがにオレも龍翔サマはともかく、明順チャンを泣かせちゃ寝覚めが悪いんでね? ってゆーかほら! 龍翔サマがコワ~イ顔をなさっていると、明順チャンが怯えちゃうっスよ~♪」


 からかうような安理の声に、龍翔がはっとしたように明珠を見やる。


「だ、大丈夫ですよっ!?」

 明珠はあわててぷるぷるとかぶりを振る。


「龍翔様がお優しいことはちゃんと存じております! ですので怖いだなんて、そんな……っ! すみませんっ、私がお留守番すらろくにできないから、ですよね……」


 話しているうちに、自分が情けなくなってしゅん、と肩を落とすと、龍翔が諦めたように吐息した。


「安理。お前の言葉を信用してやる。出ていく際にはまた呼ぶゆえ、隣室へ下がっていろ」


「へいへ~い♪ んじゃ、またお呼びくださいっス~♪」


 きしし、と楽しそうに笑った安理が隣室へ下がり、ぱたりと内扉を閉めたかすかな音が、明珠の耳へ届く。


「明珠」


 優しい声に顔を上げると、龍翔が困ったように明珠を見つめていた。


「そんな顔をしてくれるな。お前はよくやってくれている。ただ……。わたしが心配性なだけなのだ」


 明珠の前へと歩み寄った龍翔が、片手を伸ばし、そっと明珠の頬を包む。


「なんせお前は、少しでも目を離すと、わたしが予想もつかぬことをしでかすからな」


「っ!?」


 からかいまじりの声に、かぁっと頬が熱くなる。


「そ、その……っ。決して、龍翔様にご迷惑をおかけしようとしているわけでは……っ」


 が、いつも結果的に龍翔に多大な迷惑をかけているのは疑いようのない事実だ。情けなさに、じわりと涙がにじみそうになる。


「うむ。故意ではなく、お前の優しさゆえだということは知っておる。が……。それゆえに、予想がつかず、心配だ」


 目の前で包み込むように甘く微笑まれ、明珠はあうあうと言葉にならぬ声を洩らす。と、龍翔が小さく吐息した。


「叶うなら、ずっとこうしてお前をわたしの目の届くところにおいておきたいのだが……。残念ながら、そうもいかぬ」


 両手で明珠の頬を包み込んだ龍翔が、真剣極まりない表情で告げる。


 これが悪戯好きの龍翔の冗談だとわかってはいる。が、ただでさえ見惚れずにはいられない秀麗な面輪なのに、盛装してさらに凛々しさが増している今、吐息がかかりそうなほど近い距離は、心臓に悪いことこの上ない。


「め、目の届くところって……っ! どう考えても、これは近すぎだと思いますっ!」


 おろおろと視線をさまよわせながら抗議すると、ふはっと龍翔が吹き出した。


「そ、それに、龍翔様はご公務を放り出したりなど、なさいませんでしょう……?」


 前にも一度、龍翔がこんな風に宴を憂いていたことがあった気がする。


 乾晶けんしょうの総督官邸で歓迎の宴が開かれると決まった時も、宴に行くのを渋っていた。取り入ることしか考えていない者達に囲まれ、阿諛追従あゆついしょうを受けるのは気が進まぬ、と。


 思い返した拍子に、宴の後、ひどく寄って帰ってきた龍翔の狂態まで脳裏に甦りそうになって、明珠はあわててかぶりを振って記憶を追い出そうとする。が、龍翔に両頬を挟まれていて叶わない。


 今でさえどきどきして心臓が飛び出しそうなのに、あの時のことを思い出したりしたら、恥ずかしさに爆発してしまう。


「どうした?」


 挙動不審になった明珠をいぶかしく思ったのだろう。龍翔が不思議そうに問いかける。


「い、いえ……っ。その、今日の宴ではお酒をお飲みになるのかなぁ、なんて……」


「飲まぬ」


 ぎこちなく尋ねると、きっぱりとした声が返ってきた。


「おそらく、雷炎殿下に勧められるだろうが……。『花降り婚』の成就までは酒を断っているのです、と断るつもりだ。……もう二度と、失態を犯したくないからな」


「そう、なんですね……」

 龍翔の返事にほっとする。


 もし、次にあんなことがあったら、今度こそ心臓が壊れてしまう。




~作者よりお知らせ~


 いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!(深々)

 本編更新前で恐縮ですが、この後の「104 歓迎の宴」に龍翔が出席している間の留守番組の明珠と安理の番外編でKACに参加しております~!

 よろしければお読みいただけましたら嬉しいです!


「呪われた龍にくちづけを番外編 明珠と安理の留守番ごはん♪」

 https://kakuyomu.jp/works/16816927861260623900


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