102 雷炎の出迎え その4
「いやいや。聞きたいのはこちらです。よろしければ、ぜひともお教えいただきたいですな。……
「っ!」
龍翔は思わず息を飲む。藍圭が、
「
と、驚きの声を上げる。
龍翔は目をすがめて雷炎を見返すが、悪戯が成功したと言いたげな、にやけた笑顔は変わらない。
悪童そのものの笑顔を見つめながら、龍翔は雷炎に対する印象を早くも改める必要性を感じ取っていた。
龍華国の北西に位置する
にもかかわらず、晟藍国の国王である藍圭も知らぬ情報を、雷炎は知っていた。
藍圭は『花降り婚』の準備で忙しく、また晟都を離れていたゆえに知らなかった可能性もあるが……。
それよりも、雷炎もしくは背後の震雷国の情報収集能力が秀でていると考えたほうが正しいに違いない。
だが、わざわざ口に出したのは、震雷国の情報収集能力の高さを誇示したかったからなのか、単に龍翔の驚愕した顔を見たかったからなのか……。現時点では判断がつかない。
龍翔は内心を押し隠し、あくまでも
「まさか、そのような話が震雷国の殿下の元へ届いているとは……。人の口を介するうちに、さぞかし尾ひれがついていることでしょう。真実を知って、呆れられなければよいのですが……」
あくまで控えめに答えた龍翔に、雷炎が興味をそそられたように片眉を上げる。
「それはぜひとも、龍翔殿下とも酒を
「はい! 王宮にて雷炎殿下の歓迎の宴を催す予定です。今回のご来訪では、ぜひ王宮でお過ごしくださればとおもいます」
龍翔が答えるより早く、藍圭が勢い込んで口を開く。
あわてて声を上げたのは、脇に控えてやりとりを見守っていた瀁淀だった。
「陛下! 勝手に決められては困りますぞ! 震雷国の方々を
瀁淀が
「もちろん、王宮にも劣らぬ歓待をさせていただきます。雷炎殿下のお好みは十分に存じておりますゆえ。幼い陛下では、美丈夫でいらっしゃる雷炎殿下のご要望を叶えるのは困難でございましょう。雷炎殿下も、我が屋敷のほうがおくつろぎいただけるに違いありません」
瀁淀の顔には、雷炎が自分を選ぶに違いないという確信に満ちあふれている。
先ほど船室を出てきた雷炎の様子から推測するに、今頃、瀁淀の屋敷には晟都でも名うての妓女達が集められているに違いない。
会談以後、すっかり初華に乗せられて王宮に滞在することとなった芙蓮と異なり、意外にも玲泉は、まだしなければならないことがあると、王宮ではなく瀁淀の屋敷に滞在を続けている。「用が終わり次第、明順の元へ参りますゆえ」と、どこまで本気かわからぬことを告げていたため、油断はできないが。
が、雷炎も玲泉と同じかそれ以上に油断ならない。
到着早々、藍圭と瀁淀のいさかいに巻き込まれた雷炎が、どのような判断を下すのかと、黙して様子をうかがっていると。
「さすが世知に
おもむろに口を開いた雷炎の言葉に、瀁淀の顔が喜色に輝き、藍圭が小さな肩を落とす。
と、雷炎が唇を吊り上げた。
「が、今回の来訪は藍圭陛下のご婚礼を祝うため。婚礼の主役をないがしろにするわけにはいかぬ。ひとまずは、王宮へ身を寄せさせていただこう」
きっぱりと告げた雷炎の言葉に、藍圭の表情がぱぁっと明るくなる。
「はいっ! 若輩者ですが、せいいっぱいおもてなしさせていただきます!」
「というわけで、せっかく準備してくれたというのにすまぬな、瀁淀殿。ただ、時には趣向の違ったものを楽しみたくなることもあろう。その際には世話になる」
「かしこまりました。雷炎殿下のご来訪を楽しみにお待ちしております」
まさか自分の申し出が断られるとは欠片も思っていなかったのだろう。青い顔をしていた瀁淀だが、雷炎の言葉にほっとしたように表情を緩める。
藍圭と瀁淀、双方とのつながりを保とうとするならば、雷炎の判断が現実的だろう。雷炎は客分だ。その滞在先を藍圭や瀁淀が強制することはできない。
「では、雷炎殿下。参りましょう。従者の方々のための馬車などもご用意しておりますので」
藍圭が雷炎に告げる。船の甲板では、雷炎の従者とおぼしき青年達が水夫に指示し、船室から荷物を運び出している。途中までお忍びの旅だったこともあり、従者も荷の数も、さほど多くなさそうだ。
「うむ。気遣い感謝する。では参ろうか」
頷いた雷炎の言葉を合図に、龍翔達は動き出した。
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