102 雷炎の出迎え   その3


 去っていく妓女達を振り返りもせず、大股で歩き出した雷炎は、船縁ふなべりまで来ると、藍圭の姿に顔をほころばせた。


「これはこれは藍圭陛下。国王陛下自らにお出迎えいただけるとは。恐れ入りますな」


 野性的な顔立ちのせいで、虎が口を開けたようにも見える獰猛どうもうな笑みをこぼした雷炎が、身軽な足取りで渡し板を下り、藍圭の前に立つ。


 本人に悪気はないのだろうが、龍翔よりも背が高く大柄な雷炎が幼い藍圭を見下ろしていると、まるで虎が子犬に対峙しているかのようだ。


 堂々たる体躯たいくと態度が発する風格は、さすが大国の第二皇子といえた。


 強い光を宿すまなざしはまるで獲物を探す虎のようで、気の弱い者ならば委縮し、視線を合わせることすらできぬだろう。


 だが、幼い顔立ちを強張らせながらも、藍圭はしっかりと顔を上げ、真っ直ぐに来援を見つめ返して口を開く。


「とんでもありません。晟藍国にとって、震雷国は大切な隣国。第二皇子の雷炎殿下が来てくださったのでしたら、出迎えぬわけがありません」


 きっぱりと告げた藍圭に、雷炎が意外そうに目をみはる。


 かと思うと、呵々かかと明るい笑い声を上げた。


「二年前にお会いした時は、父王の陰からこちらをうかがう幼子だったが……。まさか、たった二年でこうも変わられるとは! 驚きですな!」


 雷炎の言葉に、藍圭の頬に薄く朱が散る。

 が、視線は雷炎を見上げたままだ。


「あの時のわたしは、まだ右も左もわからぬ幼子でしたが、今の私わたしは晟藍国の国王ですから。情けない姿を見せるわけにはまいりません」


「これはこれは。本当に、見違えるほど成長なさいましたな。これは、晟藍国の未来も安泰でしょう。ましてや」


 雷炎がにっ、と唇を吊り上げ、初華に顔を向ける。


「このように美しい姫君が妻となられるのなら、男らしいところを見せたいという気持ちも当然ですな! いやはや、藍圭陛下がうらやましい! 龍華国の姫君がこれほどの美女だったとは! 叶うなら、わたしがめとりたいところです」


「まあっ! お初にお目にかかりますが、雷炎殿下はお口がお上手ですこと」


 初華がころころと鈴が転がるような笑い声を立てる。


「ですが、残念ですわね。わたくしの心はもう、藍圭陛下のものですの。それに」


 笑いをおさめた初華が、つん、と鼻を上げる。いかにも気位の高い大国の皇女と言いたげに。


「わたくし、真っ昼間から白粉おしろいの匂いをさせている殿方はお断りですわ」


「これは手厳しい。龍華国の皇女様は存外、潔癖でいらっしゃる」


 にべもない初華の拒絶に、雷炎が苦笑をこぼす。


「さすが『花降り婚』を受諾されただけのことはある。俗人など手もふれられぬ不可触の仙女様、というわけですかな?」


 形式上は夫婦でありながら、子をすことは認められていない『花降り婚』を揶揄やゆするような物言いに、初華の柳眉が吊り上がる。雷炎を睨み返した瞳は炎のように激しい怒りできらめいていた。


「雷炎殿下。今後の対応のためにひとつうかがっておきたいのですけれど」


 刃のように硬く鋭い声音で初華が問う。


「雷炎殿下は、どのようなご用件で晟都を訪問なさったのでしょう? まさか、『花降り婚』を揶揄やゆするため――ではありませんわよね?」


 言外に、非礼を働くつもりなら受けて立ちますわよ、と告げながら、初華が睨みつける。


 震雷国の第二皇子相手に喧嘩けんかも辞さないとは、初華の気の強さには恐れ入るばかりだが、龍翔とて、大切な妹への無礼を看過するつもりはない。


 雷炎が何と返してくるかと見つめていると。


「ぶはっ」

 と、雷炎がこらえきれぬとばかりに吹き出した。


「これはこれは! たおやかな仙女様かと思ったが、存外、勝気なことだ! 失礼した。華揺河に蹴り込まれる前に非礼をお詫びしよう」


 呵々かかと大笑した雷炎が、悪戯っぽい表情で詫びを口にする。


「わたしが晟都へ来たのは、もちろん『花降り婚』を言祝ことほぐため。藍圭陛下からは、前国王ご夫妻の喪も明けていないゆえ、参列は不要との正式な文をいただいたが、婚礼となれば一生に数度きりの慶事。文だけで祝賀を述べるのは、あまりに情が無かろう。ましてや、震雷国と晟藍国は親交の深い隣国。それゆえ、比較的、身動きの取れる第二皇子の俺が、震雷国皇帝の名代として、参列に赴いたのです」


「……それはそれは。震雷国名代としてのご参列、感謝の念に絶えません。雷炎殿下に『花降り婚』にご参列いただけるとは……。わたしは、果報者でございますね」


 藍圭がわずかに表情を緩ませて、大柄な雷炎を見上げる。


 参列しに来たということは、少なくとも表向きには震雷国も『花降り婚』を認めたということになる。雷炎の参列により、内外にそれを印象づけられることだろう。


 震雷国が『花降り婚』の中止を求めて来訪したのかもしれないと心配していた藍圭にとっては、吉報に違いない。


 が、まだ会ったばかりだが、龍翔の目から見て、雷炎はわざわざ『花降り婚』を言祝ことほぎ、参列するためだけに晟都を訪れるような男には見えない。


 必ずや、他に目的があるはずだ。


 魏角ぎかく将軍から前国王夫妻の暗殺に震雷国が関わっているかもしれないという話も聞いている。決して油断はできない。


 一目見た印象は、女好きの豪放磊落ごうほうらいらくな人物に見えるが、人目をあざむく演技の可能性もないとはいえない。


 少しでも雷炎の真意を見抜けないかと注視していると、不意に雷炎が龍翔を振り向いた。


「おお怖い。ずいぶんと険しい顔で俺を睨んでいるが……。龍華国第二皇子の龍翔殿とお見受けする。噂の御仁ごじんにお会いできて幸甚こうじんだ」


「噂、ですか……。さて、しがない第二皇子であるわたしのどのような噂が雷炎殿下のお耳に入っているのやら。興味深いですな。ぜひとも雷炎殿下からおうかがいしたいものです」


 挑発的な笑みを浮かべる雷炎に、龍翔もまた表向きはにこやかに微笑みかける。


 龍翔をおとしめたい第一皇子派が流したものか、第三皇子派が流したものか……。どちらにしても、ろくな内容ではあるまい。


 と、雷炎が悪戯小僧がとっておきの悪だくみを思いついたような笑顔になる。




~お知らせ~

 いつも「呪われた龍にくちづけを」をお読みいただき、誠にありがとうございます~!(深々)


 たいへん心苦しいのですが、今まで4日に一度のペースで更新させていただいておりましたが、ストックが心もとなくなってきたため、当面の間、5日に一度のペースに更新頻度を落とさせていただきます。


 ちゃんとラストまで書き上げる心づもりでおりますので、その点はご安心ください!

 第三幕のラストへの道もそろそろ見えてきておりまして(まだしばらく先ですが……)、そこへ向かってじっくりと書いていきたいと思っております。

 

 のんびりペースの連載になってしまいますが、これからもおつきあいいただけましたら嬉しいです~(ぺこり)


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