102 雷炎の出迎え その1
龍翔が藍圭や初華とともに、震雷国の第二皇子・
ちなみに、初華の巧みな話術によってすっかり藍圭側につく気になった芙蓮は、二日前から王宮に滞在している。
歓迎の宴の際には雷炎殿下にお目見えが叶うからと初華に説得されたため、出迎えには来ていないが、今頃、宴で美しく身を飾るための準備に余念がないに違いない。
初華によると、芙蓮は龍翔に婚姻を迫ったことなど、すっかり忘れたように、次は雷炎を未来の夫と見定めて「晟藍国王の姉」としての自分を売り込む気でいるらしい。
龍翔としては、芙蓮の標的から外れ、ひと安心といったところだ。ついでに、芙蓮が雷炎に気に入られようと気に入られまいと龍翔には関係がない、と言いきれればよいのだが、藍圭の姉である以上、放置を決め込むわけにもいかない。
頼むから、雷炎にまで自分の時と同じように迫り、晟藍国と震雷国の間に亀裂を生じさせてくれるなと願うばかりだ。
まあ、初華の目が光っている限り、そんな暴挙を企んだとしても阻止されるに違いないが。
だが、雷炎の出迎えに来ているのは、龍翔達だけではなかった。
でっぷりとした身体にきらびやかな絹の衣を纏った
玲泉は今もまだ瀁淀の屋敷に滞在したままだが、その姿はない。
玲泉のことだ。龍翔達に顔を合わせるのが気まずいなどという殊勝な性格ではない。単に、瀁淀と龍翔達の間に立たされるのをわずらわしく思ったのだろう。
藍圭と初華の姿を見とめた瀁淀が、先制攻撃とばかりに、
「おや陛下。港にいったい何の御用でございますか? 『花降り婚』の舞台の設営状況の確認にでも来られたのですかな?」
藍圭の目的が雷炎の出迎えだと承知していながら、いけしゃあしゃあと尋ねる瀁淀に、藍圭が不愉快そうに眉を寄せる。
すぐさま口を開いたのは初華だった。
「舞台の設営は順調に進んでおりますわ。きっと、間もなく完成することでございましょう。見事な舞台で、藍圭陛下と婚礼の儀を挙げる日が、今から待ちきれませんわ。瀁淀様も大臣として心待ちになさっていることでしょう」
にこやかに告げながらも、初華の目は笑っていない。大臣としての職分からの逸脱は認めないと言外に告げている。
初華に気圧されかけた瀁淀が、とりつくろうように咳払いした。
「さようでございますな。つつがなく『花降り婚』が執り行われることを、わたしも願っておりまする」
初華の言動に力づけられたように、藍圭も叔父を睨み上げ、きっぱりと口を開く。
「瀁淀大臣こそ、何の用で港へ? 雷炎殿下の出迎えというのなら不要である。雷炎殿下の応対は国王であるわたしが行うゆえ、おぬしは屋敷へ戻るがいい」
「これはこれは異なことを」
藍圭の宣言に、瀁淀が下手な冗談でも聞いたように片眉を上げる。
「前国王陛下の頃より、震雷国との外交は、このわたしが担当しておりました。それを急に不要とは……。もし雷炎殿下が晟藍国の饗応に不満を示され、両国の関係にひびが入ったら、どう責任をとられるおつもりですか!?」
瀁淀が太った身体を揺すり上げて一歩踏み出す。
一瞬、後ろに下がるかと思われた藍圭だが、ぐっと唇を引き結ぶと、真っ直ぐに瀁淀を見返す。
「急な変更で申し訳ないと思う。が、父上の時代とは違うのだ。晟藍国の国王として、震雷国と新たな関係を結ぶことは急務である。それには、大臣であるおぬしを通すより、わたしが直接、雷炎殿下をお出迎えし、王宮にて饗応したほうがよいであろう」
強い声音で言い切った藍圭に、だが瀁淀は嘲るように唇を歪めたままだ。
「陛下が震雷国との関係も重んじられている点は
龍翔や初華が主導して『花降り婚』の準備を進めていることや、朝議に出席して数多く発言していることに対する当てこすりなのだろう。
瀁淀の言葉に、息子の瀁汀も頷いて追従する。
「まだ幼くていらっしゃる陛下が、誰かを頼りにしたというお気持ちはわかりますが……。ここは晟藍国なのですから、他国の者ではなく、わたしや父上といった晟藍国の高官達を頼りにしていただきたいものですな」
「年齢など、国王としての資質には関係ない事柄でしょう! 確かに藍圭陛下はお若くていらっしゃいますが、年齢に甘えることなく、国王の責務を果たされようと立派に務めてらっしゃいます! 成人しながら、父親の陰に隠れているようなあなたのほうがよほど未熟者ではなくて?」
藍圭が口を開くより早く、瞳に怒りをたぎらせた初華が、ぴしゃりと瀁汀に言い返す。
飽食に緩んだ瀁汀の面輪が屈辱に歪む。ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえそうなほど初華を睨みつけていた瀁汀だが、ひとつ咳払いすると、いやらしい歪んだ笑みを浮かべる。
「ああ、確かにある一転においては、陛下の幼さが有利に働きましたな。陛下が年端もいかぬ幼年であればこそ、龍華国も『花降り婚』の要望を受けたのでしょうからな。初華姫のような美姫を遣わしてくださった。その一点については、まこと陛下の幼さに感謝せねばなりますまい」
藍圭を廃した後、己が初華と結ばれる妄想でも描いているのだろうか。下卑た笑みを浮かれる瀁汀の言葉に、初華の眉がさらに吊り上がる。
初華が苛烈な怒りを吐き出すより早く。
「確かに、藍圭陛下が自ら龍華国へ要請に来られたのは、正しい判断でございましたな」
龍翔は瀁汀の言葉に深い頷きを返してやる。
「
いぶかしげな声を上げた藍圭に、ちらりと視線を向けて応じ、龍翔はあえてにこやかに瀁淀と瀁汀に微笑みかけた。
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