99 何を対価として払えば、そこを通してもらえるかな? その4


「え~っ? それって玲泉サマは男として上だと言いたいってコトっスか~?」


 まぜっ返す安理に、玲泉は悠然とした態度を崩さない。


「むろん、男としても龍翔殿下におくれを取っているとは思わないけれどね。だが、恋人ではなく結婚となれば当人の魅力だけの問題ではなくなるだろう? ましてや、龍翔殿下は第二皇子というやんごとないご身分。今の龍華国の政情を鑑みるに、蛟家の嫡男であるわたしと龍翔殿下、女人がどちらに嫁ぎたいと望むかは自明の理だろう?」


 にこやかに告げると、季白と安理が泥水でも飲んだように苦い顔で押し黙った。


「く……っ! わたしが龍翔様にお仕えした言葉が、このような形で返ってくるとは……っ!」


 と季白が悔しげに呟けば、


「うわー。さすが玲泉サマ。見事にいやぁなトコロをついてくるっスね~」

 と安理がぼやく。


 勝利の手ごたえを感じて、玲泉は会心の笑みを刻んだ。ようやく明順を得られる喜びに心が湧きたつ。


「というわけで、いい加減、邪魔はやめてもらおうか。道を開けてもらえるかい?」


 だが、季白も安理も苦い顔のまま、動かない。


「優秀なきみ達なら、ここまで言えばわかってくれるものと思っていたんだが……。頑迷に抵抗するなら、こちらにも考えがあるよ?」


「……何をなさるおつもりですか?」


 季白が警戒心をあらわにして尋ねる。


 玲泉はあえて答えずに、ゆったりと間を置いた。れた季白の眉がきつく寄るのを楽しんでから、ゆっくりと口を開く。


「いろいろとあるだろう? 明順の正体を口外してもかまわないし、今から瀁淀殿側についてみるというのもおもしろいかもしれないね」


「差し添え人としての役目を放棄されると!?」

 季白の糾弾に、悠然とかぶりを振る。


「とんでもない。差し添え人の務めはちゃんと果たす気だよ? 『花降り婚』は何があろうと執り行うつもりだ。だが……。龍華国にとって重要なのは、『花降り婚』を行うことであって、初華姫様が誰に嫁ぐのかは、大した問題ではないだろう?」


 玲泉の言葉に、季白と安理がそろって唇をひん曲げる。


「うっわ、さいてー。それ、龍翔サマと初華姫サマがお聞きになったら、叩っ斬られるっスよ?」


 安理が恐ろしげに告げるが、玲泉に引く気はない。


「もともと、明順を手に入れたら龍翔殿下の恨みを買うことは必至。ならば、試さぬ理由はないだろう?」


 安理が「うへぇ」と心底嫌そうな顔になる。


「開き直った玲泉サマって、本気でタチわりぃ……。どーするっスか? 季白サン」


 安理に問われた季白が、深い諦めの息を吐く。


「そこまでされるとおっしゃるのなら、こちらも譲歩するほかありませんね。ただし」


 季白が射抜くような目で玲泉を見る。


「明順とお会いするのはかまいませんが、無理やり連れ去るような真似をなさった際には、全力で妨害させていただきます」


 きっぱりと告げた季白が、挑むように玲泉を見据える。


「まさか、玲泉様ともあろう御方が、嫌がる小娘を無理やりかどわかしたりなさらないでしょう?」


 明らかな挑発を孕んだ声に、「もちろんだよ」と鷹揚おうように頷く。


「そんなことをせずとも手に入れられるというのに、する意味がどこにあるんだい?」


「それでしたらよいのです」

 頷いた季白が安理と共に扉の前から退く。


 ようやくか、と思いながら歩を進めた玲泉は、扉を叩き、中にいるはずの明順に優しく呼びかけた。


「明順、待たせてしまったね。季白殿の許可も取れたし、扉を開けてもらえるかい?」


「えぇぇっ!? あ、あの……っ!?」


 決して扉を開けるなと厳命されているのだろう。扉の向こうで明順がすっとんきょうな声を上げる。玲泉が季白を振り返ると、意図を読んだ季白が苦々しげな声を出した。


「明順。玲泉様と話し合った結果です。わたしが許します。扉を開けていいですよ」


「は、はいっ。わかりました……」

 明順の声とともに、ゆっくりと扉が開く。


 新調してもらったのだろう。夏らしい薄手の少年従者のお仕着せに身を包んだ明順の姿を見た途端。


「明順! 逢いたかったよ……っ!」

「ひゃっ!?」


 心にあふれる衝動のままに、細い手首を掴み、抱きしめようとした玲泉は、張宇の腕に阻まれた。


「急に何をなさるんですか!? 明順が驚いています! おやめください!」


 伸ばした腕で玲泉を押し留め、同時にもう片方の手で明順を後ろへ引き寄せた張宇が、玲泉を睨みつける。


「何って、喜びの抱擁ほうようだよ。久方ぶりの逢瀬なのだから、無粋な邪魔はしないでほしいね」


 握ったままの明順の手を持ち上げ、指先にくちづけると、「ひゃあぁぁっ!」と愛らしい悲鳴が飛び出した。


「な、な、なになさるんですか――っ!?」


「愛らしいきみを愛でているんだよ。反応も初々しいが、声も可愛いね。もっと聞きたくて、たまらなくなる」


「なっ、な……っ」


 真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている明順にくすりと微笑み、もう一度、指先にくちづけようとすると。


「玲泉様。季白は会うのは許しても、ここまでしてよいという許可は出していないと思うのですが」


 無理やり割って入った張宇に、いつになく厳しい声で咎められた。張宇が力任せに玲泉の手をほどいたとたん、巣穴に駆け込む子うさぎのように、明順がぴゃっと張宇の後ろへ隠れてしまう。


「そんな風に逃げられたら、哀しくなってしまうな」


 芝居がかった調子で肩を落とすと、張宇の陰から、へにょんと眉を下げた明順がおずおずと顔を出した。そんなさまも愛らしい。


「おいで、明順」


 にっこりと笑って手を差し出すと、張宇の背中にしがみついたまま、明順がきょとんと小首をかしげる。


 代わりとばかりに厳しい声で答えたのは張宇だ。


「おいでと言われて、明順を渡すわけにはいまいりません。季白達とどんなやりとりをしたのかは存じませんが、お引き取りください」


「明順の意思でわたしの元へ来るなら、それを容認するというのか季白殿の返答だよ。というわけでね」


 とっておきの笑顔を浮かべ、明順を見つめる。


「前にした求婚の返事を、もらえるかな?」


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