84 お兄様達がお戻りになるまで、のんびりお菓子を楽しみましょう その1
明珠は遠慮したが、
「けれど、張宇がわたくしの護衛についてくれるというのなら、あなたも一緒にいたほうが張宇も安心でしょう?」
と言われたら、まったくもってその通りです、と言うほかない。
龍翔からは、玲泉が王宮にいなくとも、決してひとりになってはならぬと厳命されている。初華のそばにいることに否はないのだが……。
代々の正妃が使用しているという立派な部屋に、果たして明珠などが入ってもいいものなのか、
一歩、部屋に入っただけで、明珠は調度の立派さに圧倒された。
龍翔に割り当てられた部屋も、十二分に立派だが、初華の部屋はさらに格が上だ。
群青色に塗られた柱は、染みひとつない漆喰の白壁との対比が美しく、壁にかけられた見事な細工の
柱の装飾として、きらきらと柔らかな輝きを放つ紋様が彫り込まれているなとよくよく見れば、なんと真珠が埋め込まれていて、明珠は驚愕のあまり卒倒しそうになった。
この真珠一粒で、明珠の実家なら一年は遊んで暮らせるに違いない。
だが、壮麗な部屋よりももっと輝かしいのは、この部屋の主である初華自身だ。
萄芭だけを供にし、優雅な足取りで奥の私室の部分に明珠と張宇を招き入れた初華は、昨日着いたばかりだというのに、もう何年もこの部屋で過ごしてきたかのような落ち着きぶりだ。
内側から輝くような美貌に、ただでさえ高貴さに満ちていた空気が、さらに
本当に、明珠などがこの空間にいていいのだろうか。
やっぱりこれは夢で、目が覚めたら実家のぼろい板の間で、薄っぺらい布団にくるまっているのではなかろうか。
「さあ明順、張宇。こちらへいらして。藍圭様とお兄様がお帰りになるまで、のんびりお菓子を楽しみましょう」
初華に声をかけられ、はっと我に返る。
が、言われた内容を理解した瞬間、明珠は「ええぇぇぇっ!?」とすっとんきょうな声を上げた。
「い、いえっ! 私などが初華姫様と一緒の卓にご一緒させていただくなんて、そんな恐れ多い……っ! ですよねっ、張宇さん!?」
張宇から返事が戻ってくるより早く。
初華が華やかな衣に包まれた細い肩を、
「そんな風に遠慮されては寂しいわ……。ここ最近はあわただしいことばかりで、まったくと言っていいほど、明順とお茶やお菓子を楽しめなかったのだもの……。せめて、お兄様達が帰ってらっしゃるまでのひとときだけでも、前みたいにおしゃべりしてはだめかしら?」
愛らしい初華に小首をかしげてお願いされては、明珠に断れるわけがない。
「わ、私などでよろしければ、もちろん……っ!」
緊張からか、初華の愛らしさにどきどきしているのか、頬が熱い理由を自分でもよくわからぬまま、明珠はこくこくこくっ、と大きく頷く。
「あら、違うわ」
初華があでやかに微笑んだ。
「あなたがよいのよ。明順と話したいことがたくさんあるのだもの」
「はわわわわ……っ」
「本当に明順は愛らしいこと。お兄様が可愛がる気持ちもわかるわ。張宇、あなたももちろん、一緒に楽しみましょうね」
「……何を、とは聞かないほうがよさそうですね。俺は、お茶とお菓子だけで十分ですが、初華姫様のお誘いとあれば、喜んで」
ちらりと明珠を見た張宇が、穏やかに微笑んで一礼した。
◇ ◇ ◇
「本当に、藍圭陛下は幼いながら利発でしっかりしていらっしゃって……っ! 素晴らしい方ですね!」
「ええ、本当にそうね。しっかりしてらっしゃるのに、愛らしくて素直で……」
お茶とお菓子を楽しみながらおしゃべりする明珠と初華の話題は、もっぱら藍圭のことだ。
藍圭の素晴らしさを褒めたたえる明珠の言葉のひとつひとつに、初華が嬉しそうに同意する。
張宇はといえば、目の前の皿に小山のように盛られたさまざまな菓子を嬉しそうに頬張りながら、きゃっきゃきゃっきゃと華やいだ声を上げる明珠達を、優しいまなざしで見守ってくれていた。
「藍圭陛下はお心遣いも素晴らしい御方ですよね」
明珠は感嘆の気持ちとともに、
「ご婚礼の前なのに、最初から正妃様のお部屋を初華姫様のためにご準備くださるなんて……っ! 初華姫様を晟藍国の正妃として
明珠などが感じ入っても、大勢に何の影響も及ぼさぬことはもちろん承知している。
それでも、胸の内の感動を伝えたくて、熱のこもった声で伝えると、初華が嬉しそうに目を細めた。
「明順。あなたはいつだって、わたくしと藍圭様が結ばれる未来を、疑いもなく信じてくれているのね」
「え?」
一瞬、初華に言われた内容が掴めず、きょとんと小首をかしげる。
「だって……。ご本人である藍圭陛下や初華姫様だけでなく、龍翔様や季白さん達、それに玲泉様もご尽力されているのですから! 『花降り婚』が成就しないわけがありません!」
純粋な信頼を、思ったまま口にする。
「それに、藍圭陛下がご立派なのはもちろん、陛下をお支えしようとなさる初華姫様の細やかなお心遣いも、見るたびに感動して……っ! きっと、藍圭陛下も、口に出されている以上に感謝なさっていると思います!」
不敬でなければ、明珠だって藍圭の手を握ってはげましたい気持ちでいっぱいだ。
というか、そもそも明珠のような身分の者が、国王である藍圭の心情を推測して代弁すること自体が不敬極まりないと、はっと気づく。
「す、すみま――」
謝罪は、紡ぎきる前に断ち切られる。
「あーっ、もう! あなたったら、本当に可愛いわねぇ!」
「ひゃあっ!?」
突然、飛びつくようにぎゅっと初華に抱きしめられ、すっとんきょうな声が飛び出す。
「あなたに真っ直ぐなまなざしで告げられたら、大変なことでもできてしまう気がするわ。あなたの純真な信頼を裏切るわけにはいかないって。可愛いあなたに哀しい顔なんてさせたくないもの!」
「あ、あのっ!? 初華姫様!?」
明珠は答えるどころではない。
抱きついてきた初華は柔らかいし、いい薫りがするし、なめらかな頬が明珠の頬にもふれているしで、ばくばくと暴れる心臓が口から飛び出しそうだ。
顔が沸騰して、ぷしゅ――っ、と湯気が吹き出すのではないかと思う。顔はおろか、耳まで真っ赤になっていることだろう。
「初華姫様。どうかその辺りで。明珠が、のぼせて今にも倒れそうになっております」
見かねた張宇が苦笑して初華に告げる。
「あらあら」
ようやく身を離してくれた初華が、明珠の顔を見て、ふふふと笑う。
「張宇が言う通り、本当に真っ赤ね。でも……。少年の格好をしていても、あなたは本当は女の子なのに……。どうしてですの?」
「そ、それは……っ」
不思議そうに問われ、明珠は湯気が立ちそうに熱い顔を冷ますように、ぶんぶんと首を横に振る。
「は、初華姫様が、あまりに高貴でお美しいので、緊張してどきどきが止まらなくて……っ!」
あわあわと説明すると、初華が「まあっ」と口元をほころばせた。
「やっぱり明順は初々しくて可愛らしいわねぇ。でも……」
初華の瞳が悪戯っぽくきらめく。
「わたくしに抱きつかれてそんなに紅くなっていたら、お兄様との時は、いったいどうなっているのかしら?」
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