82 思惑入り乱れる宴 その2
瀁淀が息子の瀁汀と芙蓮を婚約させたのは、藍圭を
正妃の娘ではないとはいえ、芙蓮はれっきとした前国王の血を引いた娘だ。瀁汀が瀁淀の後を継げば、前国王の血脈も受け継がれることになる。
だが。
龍華国が『花降り婚』を受け入れ、初華が晟藍国へ無事到着したいま、瀁淀は藍圭亡き後、初華を瀁汀と
強大な龍華国の後ろ盾を手放すなど、愚の骨頂だ。
だが、それには瀁汀の現婚約者である芙蓮が邪魔となる。
ゆえに。
「どのような女人の心も融かしてしまうほどの美貌でいらっしゃいますのに……。玲泉様は、本当に女人が駄目でいらっしゃいますの?」
芙蓮が小首をかしげ、艶を含んだまなざしを玲泉に送ってくる。
玲泉は芝居がかった仕草で大きく嘆息すると、哀しげに視線を伏せてみせた。
「そうなのです。どれほど可憐な花が目の前で咲き誇っていようとも、この手には決して取れぬ……。いったい、神仙からどのような呪いを受けたのか……。憐れな男なのでございます」
「まあ、なんてことでございましょう。きっと、玲泉様の美貌に嫉妬した
芙蓮が哀しげに眉を寄せ、
その姿に嘘は感じられない。
実際、芙蓮としては残念極まりないことだろう。
もし藍圭を首尾よく排除したとして、いくら先に瀁汀と婚約していたとしても、初華がいる限り、芙蓮は決して晟藍国の正妃にはなれない。
玲泉に
瀁淀を切り崩していくならば、まずはここか、と酒を楽しむふりをしながら、玲泉は冷静に判断する。
芙蓮が瀁淀の悪事にどれほど関わっているかはわからぬが、芙蓮をこちら側につけて、瀁淀の力を
「わたしは女人にふれられませぬが……。もうお一人の差し添え人である龍翔殿下は、現在、
何気ない風を装って告げた言葉に、瀁淀と芙蓮の目が獲物を見つけた狐のようにぎらりと光る。
「龍翔殿下は第二皇子でいらっしゃいますが、第一皇子であらせられる
ふう、と玲泉はいかにも友人を憂いているかのように吐息する。
「龍翔殿下は凛々しいご容貌に加えて、人柄も優れた御方。あの方を慕う者として、殿下には早く素晴らしい姫君を娶っていただき、子を
すっかりその気になったのか、身を乗り出すようにして話を聞く芙蓮に、玲泉は「ああ、いや」とはぐらかすように苦笑を浮かべる。
「すでにご立派な婚約者がいらっしゃる芙蓮姫様にお話しすることではございませんでしたね」
「い、いえ。とんでもございませんわ。弟である藍圭陛下の妻となられる方のお兄様でしたら、わたくしと縁続きになられる方ですもの。どんな御方でいらっしゃるか、もっと知りとうございます」
ふるふるとかぶりを振った芙蓮が、熱心に言い募る。
獲物がかかった満足感に、玲泉はゆるりと微笑んだ。
藍圭の姉であることを持ち出すならば、龍翔ではなく、義理の妹となる初華のことを知りたいと、演技でもまず口にするべきだろうにと、心の中で呆れながら、言葉では別のことを口にする。
「芙蓮姫様のお優しいお言葉、嬉しく思います。意図せずとはいえ、港では瀁淀殿に失礼をしてしまいましたのに……」
軽く頭を下げ、瀁淀に謝意を示すと、瀁淀が酒で赤らんだ顔をぶんぶんと横に振った。
「玲泉様がお気になさる必要はございません。龍翔殿下は藍圭陛下より、わたしめの良からぬ噂を吹き込まれ、
瀁淀が同情を誘おうとするかのように、哀しげにうなだれる。
「龍翔殿下のことならば、嘆かれる必要はございません」
見え透いた瀁淀の演技にあえて乗ってやり、玲泉は優しい声を出す。
「大切な妹姫と過ごしたいと瀁淀殿の誘いを断られた龍翔殿下をご覧になられたでしょう? ご兄弟とはあまり仲がよろしくない分、龍翔殿下はことのほか初華姫様を溺愛なさっているのです。ですから……」
思わせぶりに言葉を切り、玲泉はゆったりと一同を見回す。
「大切な妹姫の後ろ盾となるべく、差し添え人の務めを終えて龍華国へ帰った後も晟藍国とのつながりを保つため、晟藍国の名家の姫君を妃として望まれる可能性も、大いにございますね」
にこりと微笑んだ玲泉は、優雅に酒杯を傾け、己の言葉が瀁淀達の心に染み込むのをゆっくりと待つ。
三人の頭の中では今、様々な思惑が計算されていることだろう。
「なるほど、それは妙案でございますな! 龍華国と今まで以上に結びつきが強くなるのは、晟藍国としても願ってもないこと! 龍翔殿下が良縁に恵まれますよう、この瀁淀、微力ながら尽力いたしましょう! なあ、瀁汀?」
「ええ、そうでございますね。小国とはいえ、晟藍国は他国との交易も盛んな豊かな国。きっと龍翔殿下のお眼鏡に
ちらりと芙蓮に視線を投げかけた瀁汀が、父親の言葉に大きく頷く。
具体的な名前こそ出していないものの、婚約者である芙蓮を龍翔に勧められているも同然の事態に怒るかとも思ったが、瀁汀の頭の中では、すでに藍圭を亡き者にし、初華を娶った未来が思い描かれているらしい。
龍翔の後ろ盾も得られれば、さぞ安泰だと思っているのだろう。おめでたい頭だ。
そして、当の芙蓮といえば……。
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