76 お互いに謝罪して、手打ちにするのはどうだろう? その3


「ってワケで、玲泉サマはもうお帰りくださいっス♪ お供、いります?」


「いや、遠慮しておこう。さっきから張宇殿が恐ろしげな顔でわたしを睨んでいるからね。大人しくひとりで帰ったほうがよさそうだ」


 肩をすくめた玲泉に、張宇が「当たり前です!」と即答する。


「ご自分がどんな無体な行いをしようとしたのか、深く反省なさってください! 未遂だったからよかったものの……っ。もし実行していたら、龍翔様と一緒に、俺も玲泉様を斬っておりました!」


 ふだんは穏やかな張宇が、珍しく怒り心頭に発してる。


 ここまで張宇を怒らせるなんて、玲泉はいったい「何」をしようとしていたのだろうか。


「では、殿下がお戻りになられて、張宇殿と二人がかりで華揺河に叩き込まれぬうちに退散するとしよう」


 背を向けた玲泉を、明珠はあわてて頭を下げて見送る。足音が遠ざかってからゆっくりと顔を上げると、安理が険しい表情で明珠を見つめていた。


「明順チャーン。龍翔サマに、「わたしが戻るまで、決して扉を開けるな」って言われてたデショ?」


「す、すみません……っ」

 しゅん、と肩を落とし、身を縮めて詫びる。


「先日のご無礼を、玲泉様にお詫び申しあげないとって思って……」


「いやうん、その真面目なところは買うんだけど……。今回ばかりは、相手が悪すぎるよ。玲泉サマはむしろ、明順チャンの純真さにつけこもうと虎視眈々こしたんたんとしてるんだから! だから、そんな無防備な格好でほいほい出てきちゃダメ! ……さらし巻いてないでしょ、今?」


「っ!? なんでわかったんですかっ!?」


 思わず両腕で自分の身体を抱きしめる。


 元々、男装していない時は、もちろんさらしなど巻いていなかったのだが、日中は男装しているのが常となった今、指摘されると恥ずかしさがわきあがってしまう。やっぱり、時間がかかっても巻き直しておけばよかっただろうか。


「なんで、って……。そりゃ、見たらわかるっていうか……。ねー、張宇サン?」


「そこで俺に振るな!」

 張宇が赤い顔でそっぽを向く。


「す、すみませんっ。そうですよね、玲泉様以外の方が廊下を通ることだってあるのに……。不用意でした」


 玲泉と初華にはばれてしまっているものの、明珠は侍女ではなく「明順」という少年従者なのだ。これ以上、他の人に正体がばれるわけにはいかない。


「アレ!? そっちの意味の謝罪!?」


「えっ? そっちって……。私、他にも何かやらかしてしまったんでしょうか!?」


 不安に駆られて安理を見上げると、「はあぁぁぁっ」と特大の溜息をつかれた。


「やっぱ明順チャン、無防備すぎるわ……。もーっ、オレ、本気で心配になってきた……っ! こうなったら……っ!」


 何やら思いついたのか、安理がにやりと笑う。


「龍翔サマに『おしおき』してもらうしかないっスねっ♪」


「えっ!? ええぇぇぇっ!?」


 龍翔の言いつけを勝手に破ったのだ。叱られても仕方がないと思う。けれど。

 ものすごく楽しそうに笑う安理から発せられる圧が、すごく、怖い。


 いったい、どんな『おしおき』をされるのだろうか。


「おいっ、安理! おしおきって……っ! 明順を泣かせたら、いくらお前でも許さんぞ!?」


 明珠の不安を読み取ったのか、張宇が険しい声を上げる。が、安理は意に介さない。


「やっだな~。『おしおき』するのはオレじゃなくて龍翔サマっスよ~♪ 龍翔サマが、明順チャンに酷いことをするワケないじゃないっスか♪」


「確かにそれはその通りだろうが、しかし……」

 釈然としない様子で張宇が呟く。


「いやここは、龍翔サマにお任せするのが一番いいっスよ、絶対に! だって、張宇サン、龍翔サマに代わってアレコレ教えられます? 明順チャンに♪」


「……そんな命知らずな真似、俺は絶対に御免だぞ」


「でしょー? とゆーワケで、ここは龍翔サマにしーっかり『おしおき』してもらうってコトで♪ んじゃ、そうと決まったら明順チャンはしっかり沐浴しなよ♪ 玲泉サマのせいでまだなんでしょ? のんびりしてると、龍翔サマが帰ってきちゃうよ?」


「は、はいっ」


 間違っても主人を廊下で待たせるわけにはいかない。安理の言う通り、早く沐浴を済ませなくては。だが……。


 『おしおき』というのが不安すぎる。


 じっ、と不安を隠せず安理を見上げるが、安理は楽しそうに笑うばかりで、肝心のことは何も教えてくれそうにない。


「だいじょーぶだって♪ 龍翔サマがお優しいのは、明順チャンが一番よく知ってるでしょー?」


「そ、それは重々知っていますけれど、でも……っ」


「さあ、オレはもう退散するから、入った入った。あ、ちゃんともう一回、かんぬきをかけるんだよ?」


「は、はい……」

 結局、うやむやにされたまま、明珠は安理に促されてぱたりと部屋の扉を閉めた。

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