74 己の狭量さが情けなくなってな その1
「龍翔様! 先ほどは申し訳ありませんでした……っ!」
移動先の新しい船室に着いた途端、明珠はがばりと頭を下げて龍翔に謝罪した。
「従者の身だというのに、龍翔様のお気持ちも確認せずに勝手なことを申しまして……っ! 申し訳ありません!」
腰を直角に曲げたまま、じっと龍翔の言葉を待つ。
龍翔が明珠に同意してくれたからよかったものの、そうでなければ、何を勝手なことを、と叱責されても仕方がないところだ。
「何を謝ることがある?」
頭を下げたまま動かない明珠に不思議そうに問うた龍翔が、先ほどと同じようにぽふぽふと頭を撫でてくれる。
「藍圭陛下と初華のために尽力したいと告げたのは、わたしの本心だ。お前は間違ったことは何も言っておらぬ。ならば、謝る必要などないだろう?」
「で、ですが、ご許可も得ずに、龍翔様のお心を勝手に代弁するなんて……っ」
もし季白が見ていたら、「なんと不敬な!」と目を三角にして怒り狂っていたに違いない。
「まあ、確かに褒められたことではないかもしれんが……」
龍翔の呟きに、しゅん、とますます肩を落とす。尊敬する主に呆れられたかと思うと、それだけで泣きたい気持ちになってくる。と。
「だが」
片手を伸ばし、明珠の頬を包んだ龍翔が、そっと明珠を上向かせる。
「お前が藍圭陛下を力づけたくて思わず口にしてしまったのだということは、ちゃんとわかっておる。そんな心優しいお前を、叱ったりなどするものか」
明珠の不安をほどくかのように、龍翔が柔らかく微笑む。
思わず見惚れずにはいられない優しい笑みに、心から安堵すると同時に、ぱくりと心臓が跳ねた。龍翔の手のひらの熱が移ったかのように、頬が熱くなる。
明珠と視線を合わせた龍翔の目が弧を描く。
「思わず口をついて出てしまうくらい、藍圭陛下を励ましたかったのだろう?」
「は、はいっ! そうなんです!」
龍翔がぴたりと明珠の心中を言い当ててくれたのが嬉しくて、こくこくこくっ、と何度も頷く。あまりに激しく頷きすぎて、龍翔の手が頬から離れ、苦笑される。
「お前は弟思いゆえ、幼い藍圭陛下にも肩入れせずにはいられないと思っておったが……。予想通りだな」
「もちろんですっ!」
きっぱりと大きく頷く。
「あんなにいい子の藍圭陛下を好きにならないはずがございませんっ! 素直でお可愛らしくて……っ! そればかりか、まだお小さい上に、あのようにお辛い目に遭われたというのに、晟藍国の国王として、国を支えようという決意に満ちてらっしゃって……っ!」
藍圭の境遇を考えるだけで、抑えていた涙が、ふたたびあふれそうになる。
「哀しみに耐えて、けなげに前を向いてらっしゃる藍圭陛下を見ていると、私などでは何のお役に立てぬとわかっていても……。それでも、ぎゅっと抱きしめて慰めて、何でもしてさしあげたくなるので――、ひゃっ!?」
不意に、ぐいっと腕を強く引かれ、明珠は荷物を抱えたまま、たたらを踏んだ。とすり、と龍翔のたくましい胸板に抱きとめられる。
「あ、あのっ、龍翔様……っ?」
ぎゅっ、と背中に回された腕の力強さに、明珠は戸惑った声を上げる。
「どうかなさったんですか……? あっ、藍圭陛下をお可愛らしいなんて、私、また不敬を……っ!?」
「違う。そうではない」
明珠の不安を一蹴した龍翔の声は、だが、どこか苦い。
「……己の狭量さが情けなくなってしまってな……」
「何をおっしゃるんですか!?」
思いもよらぬ言葉に、すっとんきょうな声が飛び出す。
「龍翔様ほど、お心が広くお優しい方はいらっしゃいませんっ! 妹思いで、誰よりも頼りになって、私のような従者にまでお優しくて……っ! 藍圭陛下も、龍翔様が義兄上で嬉しいとおっしゃっていたではありませんか!」
明珠の言葉に、龍翔が無言で腕を緩める。
ほっとしたのも一瞬。明珠の腕から荷物が入った袋を取り上げ、そばの卓に置いた龍翔が、ふたたび明珠を抱き寄せる。
先ほど以上の密着度に、龍翔の香の薫りが押し寄せる。ばくばくと心臓が騒いで落ち着かない。
「お前に他意など一片もないのはわかっているが……。言動のひとつひとつに惑わされてしまうな」
「えっ!? やっぱり私のせいで、龍翔様に何かご迷惑を……っ!?」
ぎゅっと抱きしめられているせいで、ろくに動かせない顔を必死に上げ、龍翔の秀麗な面輪を見上げる。
「迷惑などかけておらぬ。が……」
何かを思い出したのか、龍翔が形良い眉を寄せる。
「玲泉に『お願い』をするなど……。あれは、
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