74 己の狭量さが情けなくなってな その2


「も、申し訳ございませんっ!」


 底冷えのする声に、間髪入れずに謝罪する。思わず、すがるように服の上から守り袋を握りしめた。


「玲泉様にまで、ご迷惑をおかけする気はなかったんですけれど、優しく促してくださったので、つい……」


「まあ、『お願い』自体はすこぶるお前らしかったがな。あの玲泉の虚を突かれた顔は見物みものだった」


 思い出して愉快な気持ちになったのか、龍翔がくつくつと喉を鳴らす。


「……が」

 龍翔の声がふたたび低くなる。


「いくら玲泉が甘い言葉で誘いをかけてきたとしても、うかうかとそれに乗ってはならんぞ? 彼奴あやつのことだ。いったい、どこでどんな策を巡らせているか、わかったものではないからな」


「は、はい……」


 よくわからぬまま、こくりと頷く。

 従者の『お願い』を叶えた代償に、主である龍翔に何か無理難題を押しつけてくるとか……。そんな意図を持っているのだろうか。


「というか」


 明珠の思考は龍翔の声に断ち切られる。腕をわずかに緩めた龍翔が、間近から明珠を見つめていた。


「『お願い』があるのなら、玲泉などではなく、わたしに言ってほしい。……それとも、わたしでは頼りにならぬか?」


「と、とんでもありませんっ!」


 苦みを帯びた声に、ぶんぶんぶんっ、とかぶりを振る。


「先ほど申し上げたではないですか! 龍翔様ほど頼りになる方はいらっしゃいません! と!」


「だが……」

 龍翔の声が、ねたように低くなる。


「お前は、少しもわたしを頼ってくれぬではないか」


「ええっ!? で、でも、いつもご迷惑をおかけしてばかりですのに、これ以上、頼ったりなどしては……っ。というか、そもそも龍翔様にはいつもよくしていただいておりますから、困って頼るようなこと自体、ございませんし……っ」


 あわあわと告げると、龍翔が「しかし……」と眉を寄せた。


「お前は何も言わずに無理をするゆえ、心配だ」

「え……っ?」


「前科がないとは、言わせぬぞ?」


 黒曜石の瞳が、明珠を射抜く。


「乾晶で清晶をかばった時も、《堅盾族けんじゅんぞく》の聖域で一人残ると言った時も……。お前は他人ひとのためならば、我が身を顧みずに無茶をするゆえ、心配でたまらぬ」


 そっ、と龍翔の引き締まった腕が、宝物を閉じ込めるように、ふたたび明珠を抱き寄せる。


「お願いだから、何かある時は、真っ先にわたしを頼ってくれ。お前の願いならば、力の及ぶ限り、叶えてみせよう」


 心をかすかのような甘い声。

 このまま、頼もしい腕にすがりつきたいような、どきどきしすぎて今すぐ逃げ出したいような、自分でも相反する気持ちに囚われる。衣に焚き染められた香りに、くらくらしそうだ。


「何か、『お願い』はあるか?」


 むき出しの耳に頬を寄せ、龍翔が問う。


「あ、あの……っ」

「うん?」


 今、願いたいことといえば、ひとつしかない。

 柔らかな声で促す龍翔に申し出る。


「で、では、お放しいただけますか……?」


「残念ながら、それは叶えられぬな」


 言うなり、ぎゅっと強く抱きしめられる。

 頬に当たる絹の感触と、強くなる香の薫りに、ぱくんと心臓が飛び跳ねた。


「ええっ!? どうしてですか!?」


 思わず情けない声を上げると、「冗談だ」と笑いながら、龍翔が腕を緩めてくれた。が、まだ明珠を自由にはしてくれない。


「すまぬ。お前が愛らしすぎて、つい悪戯心が湧いてしまった」


「あ、愛ら……!? 違いますよっ、龍翔様! 愛らしいというのは、初華姫様や藍圭陛下に使うべき言葉です!」


 気合を込めて告げると、龍翔が納得しかねると言いたげに眉を寄せた。


「何を言う? わたしにとっては、お前が誰より愛らしいというのに。それに……。初華はともかく、少年である藍圭陛下は。「愛らしい」と言われても複雑なお気持ちであろう?」


「た、確かに、藍圭陛下は喜ばれない気がします……。順雪も、小さい頃は可愛いと褒めたら喜んでくれましたけれど、大きくなってからは、「男の子なのにやめてよ。恥ずかしいよ」って、言うようになりましたし……」


 何だか変な言葉が聞こえたような気がするが、気のせいだと思うことにする。


 明珠にとっては、困り顔で訴える順雪も、ぎゅっと抱きしめたくなるほど可愛いのだが、龍翔の言う通り、藍圭も「可愛い」と褒められても喜ばない気がする。


 むしろ、「早く立派な国王にならねば」と目標を高く掲げている分、かえって傷つけてしまいかねない。


「念のため、言っておくが……。その、藍圭陛下を抱きしめたりするのではないぞ?」


「は、はい! 承知しております! そんな不敬を働くわけにはまいりませんもんね! ぎゅっと抱きしめたくなっても、ちゃんと我慢します!」


 ぐっと拳を握りしめて、こくりと頷く。


「いや、不敬が問題というより、お前が抱きしめるとその……。まあ、抱きしめぬのならばよいが……」


「はいっ、ちゃんと気をつけます! ですから、その……。そろそろ、お放しくださいませ……」


 服の上から守り袋を握りしめ、心臓を押さえていなくては、ばくばくと騒いで飛び出しそうだ。


 歯切れ悪く呟く龍翔に懇願すると、仕方なさそうな吐息とともにようやく腕がほどかれ、明珠はほっと息を吐き出した。



~作者より~

 いつも「呪われた龍にくちづけを」をお読みいただき、誠にありがとうございます~!(ぺこり)


 シリーズ累計100万PV突破記念として、リワードで依頼したイラストを、カクヨムではイラストを上げられないため、noteにアップしております。

 もし興味をお持ちいただけましたら、覗いてみてくださいませ~。


 明珠&ダブル龍翔のイラストが見られます!


 https://note.com/ayatsuka/n/n75e49a472bbe


 あと、バレンタインでしたので、2年前に書いた

「お遊び番外編!もし「呪われた龍にくちづけを」の世界にバレンタインがあったら!?」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054888551064

 に三話、追加のシーンを書いております。よろしければ、こちらもどうぞ~!

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