73 思いがけない共通点 その1


「あ……」


 自分の荷物をまとめた袋を両手に抱え、龍翔に付き従って船室を出た明珠は、廊下の向こうに藍圭と浬角の姿を見とめて、思わず声を上げた。浬角も両手に荷物を抱えている。


「龍翔殿下!」

 藍圭が早足で駆け寄ってくると、深々と頭を下げる。


「たいへん申し訳ございません。わたしのせいで、龍翔殿下をお部屋から追い出すことになってしまい……」


 昼食の席での話し合いの結果、汜涵しかんの離城から晟都へと、準備が整い次第、出航することでまとまったのだが、そこで問題になったのが、藍圭の船室をどこにするかということだった。


 元々の予定では、藍圭は晟都で初華を待つという話だったため、藍圭の部屋は想定していなかったのだ。


 藍圭は、

「乗せていただく身なのですから、どの部屋であろうとかまいません」


 と言ったが、仮にも晟藍国の国王である藍圭を。質の劣る船室に泊まらせるわけにはいかない。


 乗船している人数は、船の規模に比して少ないので、船室自体は十分に空いている。


 本来なら皇帝が使用する一番上等な船室は、現在は初華のものだ。そのため初華が、


「では、わたくしの船室にいらっしゃいませんか?」

 と食卓で提案したのだが――。


「いえっ! いくら婚礼を挙げれば夫婦になるとはいえ、うら若い女性のお部屋にご厄介になるわけにはいきませんっ!」


 と藍圭が大慌てて首を横に振り、さらには龍翔と玲泉まで、


「初華……。侍女達が大勢いる中では、藍圭陛下だけでなく、浬角殿や他の従者達も気まずかろう。さすがに、男女が同室というのは……」


「間違いが起こり得ないとは承知しておりますが、藍圭陛下を攻撃したい者に、わざわざ口実を与える必要はないと思いますが」


 と、珍しく口をそろえて反対したため、初華の提案は不採用となった。


 話が振り出しに戻ってしまったところで、龍翔が申し出たのだ。「では、わたしの船室を使われるとよい」と。


「もともと、供の人数はわたしが一番少ないのだ。部屋を移るなら、わたしが移るのが効率がよかろう。それに、わたしの船室と初華の船室は近い。賊を警戒するなら、守るべき藍圭陛下と初華は、あまり離れ過ぎぬほうが守りやすかろう」


 そう提案した龍翔に、藍圭は、


義兄上あにうえとなられる方のお部屋を奪うなど! そのようなことはできません!」


 と大いに遠慮したのだが、結局、従者の人数も荷物の量も、一番少ない龍翔が移動するのが、出航までの時間を最も短縮できるということで、藍圭もしぶしぶ納得した。


 ちなみに、龍翔の船室に藍圭と浬角が入り、季白達は初華の警護もあるため、隣室をそのまま使い続けるということで、結局、移動するのは龍翔と明珠の二人だけだ。

 浬角以外の藍圭の供は、藍圭の船室にほど近い船室に入ることになっている。


 昼食がお開きになり、藍圭と浬角は離城に、他の面々は自分の船室へ出航の準備を整えに戻るというところで、安理がなぜかものすごくいい笑顔で寄ってきて、


「龍翔サマ、やりましたね~っ♪ いつ隣室にオレ達が帰ってくるのかと気にする必要もなくなりましたし、これで気兼ねなく夜を過ごせるっスね~♪」


 と謎の言葉をいい、


「ふざけるなっ! わたしを何だと思っている!?」


 と、龍翔に蹴られそうになる一幕があったりしたのだが、それはともかく。


 頭を下げて詫びた藍圭に龍翔が鷹揚おうように笑ってかぶりを振った。


「いいえ、どうぞお気になさらないでください。元々、大荷物を運び入れていたわけではありませんから、さほど手間ではないのです。それに船室が変われば、気分も変わってよいでしょうから」


 龍翔の言う通り、龍翔の着物や書物は、季白達がすでに移動先の船室に運び入れているし、明珠の荷物も、いま両手に抱えている分だけだ。


 卓や寝台などの大きな家具は、もともと各部屋に備え付けられているので、移動する必要はない。


「ですが……」


 と、愛らしい面輪に沈んだ表情を浮かべる藍圭に、龍翔がふと何かを思いついたように微笑みかける。


「それほどお気になされるのでしたら……。では、ひとつお願いを聞いていただいてもよろしいですか?」


「お願い、ですか?」


 藍圭の顔に緊張が走る。龍翔は安心させるように優しい笑みを浮かべた。


義兄あにと……。婚礼はまだでございますが、陛下さえよろしければ、わたしのことを義兄とお呼びいただけたら嬉しいと思いまして」


「龍翔殿下……っ! いえ、義兄上あにうえ! 義兄上さえよろしいのでしたら、ぜひともそうお呼びさせていただきたいですっ!」


 藍圭が、ぱぁっと輝くような笑顔を見せる。


 周りまで明るくなるような愛らしい笑顔に、明珠の心まで弾む。順雪と年の近い藍圭が笑っていてくれるのは、本当に嬉しい。


「義兄上ができたのは初めてで嬉しいです! 年の離れた腹違いの姉上はいるのですけれど、あまり会う機会もないので……」


 満面の笑みで告げた藍圭の声音が、最後は寂しげに沈む。


「藍圭陛下には、お姉様がいらっしゃるんですか!?」

 驚きに思わず声が出てしまう。


 しかも、明珠や順雪は父親違いだが、藍圭は腹違いの姉だなんて、境遇まで似ている。

 思いがけない共通点に、ますます親近感が湧いてくる。


 いったい、どんな姫なのだろう。この藍圭の姉なのだから、きっと、初華のように愛らしくて清楚な姫に違いない。

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