72 藍圭陛下の味方はここにもおりますわ その5
「ご冗談を。わたしは汚職に手を染めたことはございません。蛟家の名は
少しでも出世しようと
「わたしがくわしいのは、蛟家の名に、誘蛾灯のように寄ってくる俗物どもを大勢知っているゆえでございます。そのようなことをしたところで、無駄だというのに、蜜に群がる
端正な面輪をしかめる玲泉は、心の底から嫌そうだ。
蛟家は名門中の名門だと聞いていたが、やはりその家名の威は並みならぬらしい。が、そのせいで賄賂を贈ろうとする者達にすり寄られ、収賄の片棒を担がされそうになるのは気の毒だと思う。
……貧乏人の明珠には、想像もつかない苦労だが。
そんなことを考えながらぼんやりと玲泉の端正な面輪を眺めていると、不意に、にこりと甘く微笑まれた。
「ああ、明順。もちろんきみは特別だからね。もし何か願いごとがあれば、わたしが叶えてあげるから。すぐにわたしに言うんだよ?」
「玲泉!
龍翔が険しい声を上げる。
「明順の主はわたしだ。何かあれば、真っ先にわたしを頼るに決まっておろう! おぬしの出る幕などない!」
「先に戯言を申されたのは龍翔殿下ではございませんか。わたしが汚職に手を染めているなどと……」
睨みつける龍翔を、柳に風と受け流した玲泉が、明珠に微笑みかける。
「それに、主人にはかえって言いづらいこともあるだろう。わたしには何でも遠慮せずに言ってくれていいのだよ? 何か願いごとはあるかい?」
「い、いえっ、大丈夫です! お気遣いいただきありがとうございます! ですが、願いごとなんて……」
とんでもない、とぶんぶんと首を横に振る。
龍翔がほっ、と表情を緩ませた。が。
「あ……」
願いといえば、一つだけ、ある。
「ん? 何かあるようだね。何でも言ってごらん?」
明珠の呟きを耳ざとく捉えた玲泉が楽しくてたまらないと言いたげな笑顔を浮かべる。対して、龍翔はなぜか秀麗な面輪を強張らせていた。
「そ、その。わたしなどがお願いできる立場ではないと思うんですけれど……」
「可愛い明順のお願いを聞かぬわけがないだろう? わたしに遠慮は不要だよ?」
言っていいものかどうかためらっていると、玲泉に蜜のように甘い声で促された。
優しい声音に背中を押され、明珠はぴんと背を伸ばして、真っ直ぐに玲泉を見つめる。
「そ、その、お願いと言いますのは……。藍圭陛下と初華姫様のために、玲泉様のお力をお貸しいただけたら、この上なく心強いだろうな、と……!」
「……うん?」
玲泉が予想もしないことを言われたと言いたげな、虚を突かれた顔になる。
「ぶひゃっ!」
と、こらえきれないとばかりに吹き出したのは安理だ。
「玲泉サマへの『お願い』って……ソレ!? いやーっ、さっすが明順チャン!」
ぶっひゃっひゃっひゃ、と腹を抱えて大笑いする安理の言葉にうろたえる。
「あっ、いえ! もちろん玲泉様もご尽力くださるのは知っております! ですから、私ごときが玲泉様にお願いすることではないとわかっているんですけれど……っ」
「いや~っ、明順チャンがお願いするんなら、十分、意味はあると思うっスよ~? ねぇ、玲泉サマ♪」
安理がやたらといい笑顔で玲泉を振り返る。
「そうだね。可愛い明順にまで、お願いされてしまったら、励まぬわけにはいかないね、これは」
「玲泉殿……っ。ありがとうございます!」
明珠は深く頭を下げる。続いて藍圭まで礼を述べた。
「ありがとうございます。玲泉様には、『花降り婚』の要望で龍華国を訪れた時にもよくしていただいたというのに……。なんとお礼を申し上げたらよいかわかりません」
「いえいえ。お気になさらないでください」
頭を下げた藍圭に、玲泉がかぶりを振る。
「藍圭陛下の笑顔を見られるのは、わたしにとっても喜びでございますから。この身を粉にして働くのは当然のことでございます。陛下と初華姫様のお幸せのために、この玲泉、非才の身なれど、力を尽くす所存にございます」
「玲泉殿……っ!」
藍圭が感極まった声を上げる。
「龍翔殿下だけでなく、玲泉殿にまで、そのように力強いお言葉をいただけるとは……。皆様のお力をお借りすれば、瀁淀に大罪の報いを受けさせるという悲願も叶う気がしてまいりました……っ」
藍圭が晴れやかな表情になってくれて、明珠は心からほっとする。
玲泉がどこまですごいのか、宮中の事情に
「では、ひとまずの方針としては、急ぎ晟都へと向かい、晟都に着いた際には、婚礼の準備を一日も早く整え、同時に、瀁淀を大臣の地位から引きずり落とせるだけの不正の証拠を調べあげるということでよろしいかな?」
話し合いの内容をまとめた龍翔の言葉に、全員が気合いをこめた表情で頷いた。
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