72 藍圭陛下の味方はここにもおりますわ その1
「すごいですね……! 船の中だというのに、このように豪華な食事をいただけるとは。さすが、龍華国の船でございますね。まるで、動く城のようです!」
王城の宴もかくやという高級料理の数々が並べられた卓を前に、はずんだ声を上げる藍圭に、明珠は胸がきゅんきゅんと高鳴るのを感じていた。
(か、可愛い……っ! お可愛らしい……っ! 国王陛下にこんなことを思うのは不敬だってわかってるけど……。ああっ、あの輝かんばかりの笑顔! ご
両親を亡くした夜の話を聞いた後の藍圭は、このまま気を失ってしまうのではないかと思うほど顔色が悪かったのだが、残った初華に慰められて、少しは持ち直したらしい。
初華や浬角、魏角達とともに龍華国の船にやってきた藍圭は、少なくとも外見上は元気そうで、明珠はほっと安心する。
明珠は入るのは初めてだが、船の中には小さめの宴会場まであったらしい。なんと、部屋の端には舞台まで
華揺河の流れを連想させるようなゆったりとした調べは見事の一言で、こんな優雅な演奏を聞きながら高級料理を食べられるなんて、ここは桃源郷か何かだろうかと、疑いそうになる。
感嘆しながら演奏に聞き惚れていると、唯連とぱちりと視線が合った。途端、敵意を宿した鋭い視線に、ぎろりと睨まれる。
唯連が頑張って演奏をしているのに、同じ従者の身分である明珠が豪華な料理を食べているなんて、面白くないに違いないと、申し訳ない気持ちになる。
もし明珠が唯連の立場だったら、料理に気もそぞろで、演奏が手につかないだろう。といっても、明珠は楽器の演奏なんてできないのだが。
龍翔の心遣いだろう。明珠や季白達従者は、卓は別だが、料理自体は同じものが供されている。
明珠たちの卓とは少し離れた部屋の中心に置かれた円卓には、龍翔達が座って料理に舌鼓を打っていた。
「藍圭陛下。ひとつ、おうかがいしたいことがあるのですが」
龍翔が穏やかに口を開いたのは、料理の皿が半分ほど空いた頃だった。
「はい。何なりと」
箸を置いた藍圭が、緊張した顔でぴんと背筋を伸ばす。
未来の義弟を見つめ、龍翔がゆっくりと口を開いた。
「陛下が晟都から
「っ!」
問われた瞬間、藍圭の面輪が強張る。隠しきれない動揺に震えた手が器に当たったのだろう。かすかに硬質な音が鳴った。
「藍圭様。わたくしが――」
「よい、浬角。わたし自身で申し上げる」
気遣わしげな声を上げた浬角に、藍圭がきっぱりとかぶりを振る。
藍圭が、つぶらな瞳で真っ直ぐに龍翔を見返した。
「わたしが晟都を離れた理由は……。毒殺されそうになったためなのです」
まるで不可視の火薬を投じたように、卓の上で衝撃が弾ける。
「毒見役の者が気づいてくれたため、わたしは無事でしたが、その者は倒れ……」
藍圭が小さな拳をぐっと握りしめる。幼い面輪は、今にも泣きそうに歪んでいた。
あわてた様子で口を開いたのは浬角だ。
「申し訳ございません! すべて、わたくしが至らぬせいなのです!」
浬角が鍛え上げられた身体を、申し訳なさそうに縮める。
「前国王陛下のことがあって以来、万が一にも藍圭様がふたたび害されることがないよう、周辺には、常に気を遣ってまいりました。藍圭様のおそばに仕える者は、信の置ける者だけに限り、わたし自身も片時も藍圭様のおそばを離れぬようにし……。ですが、最近は『花降り婚』の準備のため、王宮の人の出入りも激しく……。そこを突かれた形となりました」
国王の婚礼ともなれば、準備にそれなりの時間がかかる。
嫁ぐ当人である初華に先んじて、龍華国から何人も晟藍国へ遣わされているという話は、明珠も龍翔から聞いている。
そのどさくさに紛れて、藍圭を暗殺しようとしたなど……。
これまで藍圭がどれほど神経をすり減らして過ごしていたのかと思うと、心が痛くて、涙が出そうになる。
先ほど藍圭が嬉しそうに料理に舌鼓を打っていたのも、龍華国の船で出された料理ならば、毒が入ることなどありえないと安心していたための笑顔かもしれない。
そう考えるだけで、「陛下! どうぞいっぱいいっぱいお食べくださいね!」と藍圭の皿に料理を山盛り入れてやりたくなる。
もちろん、そんなことをすれば、季白にどれほど叱られるかわかったものではないので、決してできないのだが。
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