65 コレは単なるお節介っスよ♪


「玲泉サマ~。明順チャンをいじめるのはおやめいただけます?」


 初華の船室を出るなり、玲泉は付き従う安理に声をかけられた。ふわりと微笑んで安理を振り返る。


「いじめるとは心外だね。わたしは明順をいじめる気などないよ? むしろ、叶うならば心ゆくまで可愛がりたいと思っているんだけどね」


「まったまたぁ~」


 玲泉の返答に、安理は笑って肩をすくめる。


「明順チャンを可愛がりたいって部分は否定しないっスけどね? それは明順チャンを手に入れたらの話デショ? 明順チャンが欲しいからって、純真なあの子の隙を突いて泣かせるのはやめていただけます?」


「それは、龍翔殿下のご機嫌が悪くなって、側仕そばづかえの従者として困るからかい?」


 からかうように唇を吊り上げてみせれば、腹の底が読めない隠密は「いいえ~?」とこちらも唇を吊り上げてみせた。


「龍翔サマをからかわずにいられるほど、玲泉サマが聖人君子だとは、さらさら思ってないっスから♪ 確かに、龍翔サマをからかうのって楽しーっスよね♪ いつもは落ち着き払ってらっしゃるのに、明順チャンが絡んだ途端、ふだんの冷静さが嘘みたいに動揺されるのが、また楽しくって♪」


「……わたしが口出しすることではないが、よく龍翔殿下はお前をクビにしないものだね」


 主を主と思っていない安理の物言いに思わず呆れた声を出すと、安理はきしし、と喉を震わせた。


「そりゃあ、オレは優秀っスから♪ それに、オレだってこぉんな楽しー居場所を失いたくないんで。ちゃあんと締めるべきところは締めてるっスから♪」


「そのひとつが、わたしに釘を刺すことかい? 龍翔殿下本人か、季白殿にでも指示されたのかな?」


 問うと、案に相違して安理はあっさりと首を横に振った。


「いえ、コレは単なるお節介っスよ♪ 明順チャンに泣かれちゃ、さすがのオレも目覚めが悪いっスからね~」


 安理の言葉に、玲泉は思わず足を止めた。にへらと笑っている安理をまじまじと見つめる。


「まさか、きみの口からそんな可愛げのある言葉が出てくるとはね」


「あーっ、ひどっ! 玲泉サマったら、オレのコト、何だと思ってらっしゃるんスか~!」


 ぷぅ、と頬をふくらませる安理に、「きみが想像している通りだよ」 とすげなく返し、ふたたび歩き始める。


「そんなことより、まさかきみまでとりこにしていたとはね。明順にますます興味が湧いたよ」


「アレ? やぶへびでした? ……って、玲泉サマって、気になるコをいじめちゃうタチなんスか?」


 からかいまじりの安理の声に、先ほどの船室でのやりとりを思い出す。


 正直なところ、明順が反論してくるとは、まったく予想していなかった。言い返してくるのならば、龍翔本人か、忠誠心にあつい季白だろうと。


 それがまさか、明珠が必死の面持ちで反論してこようとは。


「あのようにけなげに想われたら、さぞかし可愛く思われることだろうね」


 もし、玲泉の従者達が、主が誰か高位の者に誹謗ひぼうされたのを聞いたとして、明順のように反論するだろうか。


 おそらく、世知に長けた彼等はしないだろう。

 単純に、明順が宮中の作法にうとい世間知らずゆえという理由もあろうが……。


 そうだとしても、玲泉にはあの瞬間、必死に言い募る明順がまぶしく見えた。


 同時に、明順に曇りない信頼を向けられている龍翔が疎ましくて……。ゆえに、明順の言葉尻を捕らえて、非難した。


 龍翔と明順の間に溝ができればそれでよし。そうでなくとも、のちのち明順をおびき寄せる釣り針になればよいと。


 純真な明順は「玲泉の怒りを解くため」とでも言えば、何の疑いもなく来ることだろう。


「玲泉サマ? わっるーいお顔をなさってるっスよ?」


 安理の指摘に、玲泉の思考は中断される。


「何のことかな?」

 そらとぼけてみせると、


「まっ、何を考えてらっしゃるか、だいたい想像はつくっスけどね~」

 と笑った安理が、「ケド」と、不意に声を低める。


「そう簡単に、玲泉サマの思い通りにさせるつもりはないっスよ?」


「……ほう。それは、わたしに対する脅しか何かかい?」


 視線に圧をこめると、安理は「とぉんでもない!」とぷるぷると首を横に振る。


「単なるごくごく個人的な決意表明っスよ♪ それに、もし牽制けんせいだったとしても、玲泉サマはその程度で明順チャンを諦めたりなさらないデショ?」


「もちろんだよ。明順はわたしにとって、たった一輪の花だからね」


「……それにしても、なーんでよりによって明順チャンなんスかねぇ……」


 安理が嘆息まじりに呟く。


「なぜ、明順ならば不調にならぬのか……。それこそ、誰よりもわたしが知りたいね。わたしには明順がいるが、条件がわかれば、蛟家の子孫達も、苦労から解放されることだろう」


「「わたしには明順がいる」とは、すっごい自信っスね~♪ あっ、でも、もし明順チャン以外に玲泉サマが不調にならない女人が見つかったら、めとるのはそのコでもいいってワケっスよね~?」


「それは、そんな女人が見つかってからの話だね」


 期待混じりに問う安理に、玲泉はあっさりかぶりを振る。


「何百人と試して、誰一人としてかなう者がいなかったんだ。そうそう現れるとは思えないね。……となれば、何としても手に入れたいと願うのは、当然のことだろう?」


 というか、と玲泉は挑発的な流し目を安理に送る。


「その論で言うならば、龍翔殿下こそ、「明順でならねばならぬ理由はない」ということになるだろう? 政治的なお立場はともかく、第二皇子である上にあのご容姿だ。そばにはべりたい娘は、それこそごまんといるだろう?」


「あー……」

 玲泉の言葉に、安理が困ったような笑みを浮かべる。


「龍翔サマはああ見えて、場合によっちゃ、びっくりするほど不器用っスから……。そう容易く、想う相手を変えるなんて器用な芸当はできないと思うっスよ?」


「だが、何事も試してみなければわかるまい。……王都に戻ったら、殿下には何十、何百人もの美姫をご紹介さしあげよう」


「うわーっ、それ、嫌がらせ以外の何物でもないっスよね!?」


 安理の叫びは無視する。


 龍翔が明順に執着しているがゆえに、明順が玲泉のものにならぬというなら、その執着を他の者へ移してやればいいのだ。


 今は、恋の熱情に浮かれていたとしても、いっときのことだ。恋心など長続きしないことは、玲泉自身がよく知っている。


 龍翔が明順に手を出す気がないのなら、好都合だ。

 禁欲にさいなまれているところに、摘み放題の花をあてがえば、そちらにおぼれるに違いない。


 その結果、明順が捨てられたのなら、玲泉が遠慮なく手に入れればよい。


 ……はなから、遠慮する気などないが。


「安理。供はここまででよい。龍翔殿下の元へ戻るといい」

 己の船室へ戻った玲泉は、安理が開けた扉をくぐりながら薄く微笑む。


 明順を手に入れる策ならば、まだまだいくらでもある。無論、玲泉は諦める気など欠片もない。


 さて、どんな策から練ろうか……。


 少年従者達がかしこまって迎える中を歩きながら、玲泉はくすくすと喉を鳴らした。

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