26 脅す輩を、客とは認めん その3 


「……安理、どう思う?」


 情報収集に出かけていた安理が黒曜宮に戻ってきたのは、日も沈み、龍翔が風呂も使った後だった。


 自室で報告を受けた龍翔は、安理を引き留め、今日、打ち合わせに来た玲泉とのやりとりを、簡単に話して聞かせる。


 ちなみに明珠は龍翔と入れ違いに風呂に行っていて不在だ。

 明珠がいる前でこんな話など、できるわけがない。


 話を聞いた瞬間、安理が「ぶっひゃひゃっひゃひゃ……っ!」を馬鹿笑いをする。


「玲泉サマってば強気な……っ! いやーっ、龍翔サマ相手に脅しができるなんて、玲泉サマくらいっスよね!」


 「オレもその場にいたかったっス~!」と笑いながら残念そうに呟く安理を、「黙れ」と不機嫌を隠さず睨みつける。


 皇子達の中でもっとも勢力が弱いとはいえ、仮にも第二皇子という地位だ。


 内心で軽んじ、あざけやからは多いが、面と向かって暴言を吐く者はほとんどいない。

 大臣の息子であり、自身も高官の一人である玲泉は、内々ならば龍翔に不敬な発言をしても罰せられぬほどの政治的な力を持つ、数少ない一人だ。


 嘲られるくらい、どうとでもない。


 龍翔が三人の皇子の中で最も権力が弱いのは、自分自身が誰よりも痛感している。その程度のことにいちいち目くじらを立てていたら、権力闘争の荒波など渡ってゆけない。


 今回のこととて、玲泉が龍翔にちょっかいをかけてきただけならば、表面上は丁寧に――だが、『遊び相手』にしようとしたならば、容赦なく物理的に痛い目に遭わせてやっていた。


 明順のことさえ、絡んでいなければ。


「……安理。お前の目から見て、どう感じる? 玲泉の目的は、わたしか明順か……。それとも、別のものか」


 玲泉は遊び人だが、有能な高官でもある。さらには、玲泉自身はわからぬが、彼の父親である蛟大臣は第三皇子派だ。

 真の目的は別のところに可能性も否定できない。


 龍翔の問いに、安理は「ん~」と難しい表情で眉を寄せる。


「今のところ、断言はできないっスねぇ……。聞き込みをしましたけど、差し添え人に選ばれた件以外に、玲泉サマにここ最近、起こった特筆すべきことはなさそうですし……。ってゆーか、振るおうと思えばいくらでも政治的な力を振るえるのに、それを面倒くさがって遊び人に徹しているのが玲泉サマでしょ? そう考えるなら、やっぱり玲泉サマの目的は、龍翔サマと明順チャンってのが妥当な気が……」


「で、どちらだ?」

 苦々しく、問いを重ねる。


「どっちって、何がっスか~?」


 わかっているくせに、白々しく返してくる安理を苛々と睨みつける。


「玲泉の目的が『遊び』だというなら、わたしと明順のどちらが目的なのだ? 明順か? それとも、明順をだしに、わたしに近づこうとしているのか?」


 明珠を踏み台に使うなど、許せることではない。

 が、玲泉の目的を考えるなら、龍翔自身が主目的だと言われた方が、何十倍もマシだ。


 安理が「うーん」と悩ましげに腕を組む。


「オレが直接見たのは、玲泉サマが明順チャンを見つけた時だけっスからね~。あの時は確かに、明順チャンに興味深々だったっスよ? 油断してたらそのまま木陰に連れ込――あ、イエ。冗談っス!」


 龍翔から怒気が立ち昇ったのを察したのだろう。安理がぷるぷると首を横に振る。


「でもまあ、明順チャンをだしにして本命は龍翔サマって可能性も、十分にあるっスね。明順チャンが絡んだ時の龍翔サマは、いつもの冷静沈着な仮面がはがれて超オモシロ……違った。そこをつついてもっと困らせたく……あ、いや。とにかく、隙ができてつけこめそうな感じがするっスからね~♪」


 からかうような安理の笑みに、憮然ぶぜんとなる。


「仕方がなかろう。お前や季白や張宇なら、誰に絡まれようが迫られようが、他の危険が押し寄せようが、自分で何とかするだろうが……。明順は、かよわい娘なのだから。ちゃんと守ってやらねば」


「え~っ? 明順チャンがとっくべつに可愛い~じゃないんスか~?」

 安理がきしし、と笑う。


「明順が愛らしいのは当たり前だろう? おい安理。お前まさか、愛らしさで明順に張り合おうなどと、愚かなことを考えているのではないだろうな?」


「いや~、さすがに最初っから負けの見えてる勝負に挑む気は……。あっ! 季白サンには勝てるかもしれないっスけど!」


「なんだその不気味な勝負は。するのなら、わたしのあずかり知らぬところでやれよ?」


「いや、オレが言いたいのはそこじゃないんスけど……」

 安理が呆れたように吐息する。


「玲泉サマの狙いが、龍翔サマっていう線も濃厚ってことっス。……で、どうなさるんスかぁ~?」


 安理がこの上もなく人の悪い笑みを浮かべる。


「もし、本命が龍翔サマだとしたら……。玲泉サマの魔の手を明順チャンに伸ばさせないために、我が身を差し出したりするんスかぁ~?」


「たわごとをぬかすなっ!」

 反射的に怒鳴り返す。が……。


「わたしが相手をしてやれば、明順が無事でいられるのか……?」


「ええっ!? 龍翔サマ、本気っスか!?」

 安理がぎょっ、と目をく。


「本気で相手をしてやる気など、毛頭ないぞ。そもそも、どうすればよいかわからぬしな」


 だが、それで玲泉の興味が明珠から逸れるのならば、試してみる価値はあるかもしれない。


「いや~っ、明順チャンってば大事にされてるっスね~。あー、ただ……」


 感心したような声を上げた安理が、一転、気まずそうに顔をしかめる。


「何だ?」


「そのぉ……。オレの勘でしかないんスけどね? 今までの玲泉サマの行状から考えると、一番、可能性が高そうなのは……」


「はっきり言え。やはり、狙いは明順なのか?」


「あー、いえ、その……。玲泉サマって、たいてい同時に複数の『遊び相手』がいらっしゃるのが常なんで……。龍翔サマと明順チャン、両方とも狙ってるってゆーのが、一番確率が高いかなぁって……」


「なんだその不誠実さは! ふざけるなっ!」


 もし今、玲泉のいけすかないすまし顔が目の前にあったら、遠慮なく殴りかかっていただろう。


 怒りにこぶしを握りしめた瞬間。


 絹を裂くような明珠の悲鳴が、聞こえた。

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