26 脅す輩を、客とは認めん その2


 玲泉の問いかけに、明珠は思わず龍翔を振り向いた。


 初華が狙われるだなんて、いったい誰が狙うというのだろう?


 龍翔が玲泉に視線を向けたまま、ゆっくりと首を横に振る。


「龍華国の皇女に手を出す愚か者がいるとは思えぬがな。だが、晟藍国の国情は安定していまい。可能性が絶無と言い切れぬなら、打てる手は打っておくにこしたことはないだろう?」


「これまで何度もお命を狙われている方のお言葉は、重みが違いますね」


 にこやかに微笑んだまま、玲泉がとんでもないことをさらり、と口にする。


 明珠は思わず驚愕に息を飲んだ。

 玲泉は、龍翔が禁呪をかけられ、命を狙われていることを知らないはずなのに。


 と、突然、玲泉が肩を震わせて吹き出した。


「ふっくくく……。もう限界です。明順の百面相が面白すぎて……」

「っ!?」


 まさか、自分の名前が出るとは思ってもいなかった明珠は、驚きに息を飲む。


「うっとりしたり、緊張したり、怯えたり、心配そうになったり……。くるくると変わる表情は、見ていて飽きることがないですね。殿下、このように初々しい少年を、いったいどこで見出されたのです? ぜひともお教えいただきたい」


 熱っぽい視線を明珠から龍翔に移して、玲泉が懇願する。が、龍翔の返答は冷ややかだ。


「教えてやる気はない。そもそも、教えたところで手に入るものではなかろう?」


「確かに、この愛らしさはそうそう見つかるものではないでしょうな。なるほど、殿下も劇団や楽団をいらぬとおっしゃるわけです」


 玲泉が形良い唇に思わせぶりな笑みを刻む。


「王城にまで連れ込むほどのお気に入りを愛でるのに、お忙しいというわけございますか」


 玲泉が挑むような笑みを口元に閃かせる。


「わたしもぜひとも一緒に愉しませていただきたいものです」


「ふざけるな」

 龍翔の声は刃のように鋭く、冷たい。


「お前にはお前の『お気に入り』がいるだろう? 自分の『お気に入り』とだけ愉しめ」


 船旅をしたことがない明珠には、船旅がどんな感じなのかもよくわからない。


 船縁ふなべりから周りの景色を見たり、きらきらと光る水面を眺めているだけで、きっと十分に楽しいと思うのだが。


 玲泉が楽しげに龍翔を見やる。


「殿下がそのような物言いをされるとは珍しい。そうおっしゃるということは、明順が殿下の『お気に入り』であることは間違いないと?」


「それをお前に教えてやる必要がどこにある?」


 すげなく答えた龍翔に、玲泉は笑みを深くする。


「確かに、必要はございませんね。……わたしが思い描いて楽しめなくなりますから」


「っ!」


 龍翔の肩が、びくりと震える。

 一瞬、明珠は龍翔が怒鳴るのではないかと身構えた。


 が、龍翔は怒気を抑え込むようにゆるゆると息を吐くと、形良い唇を皮肉げに歪める。


おぼれたければ、己に都合のよい幻に溺れているがよい。――さあ、もう打ち合わせるべき事柄は済んだだろう。お前が申した通り、わたしは忙しい。もう要件がないのなら、これで終わりだ」


「ええ……」


 玲泉が虚を突かれたように、龍翔と明珠の顔を見比べる。


 明珠は玲泉と会ったのはまだ二度目だが、思っていなかったものをぽんと出されたように戸惑う玲泉の表情は、初めて見る。


 と、玲泉はいつもの余裕たっぷりな笑みを口元にのぼらせた。


「……本当に、興味の尽きないお方だ。晟藍国への船旅が、心から楽しみです」


「そうか」

 あっさりと頷いた龍翔が椅子から立ち上がる。


「明順。引き留めてすまなかったな。梅宇のところへ戻ってよいぞ。季白、お前は玲泉を見送れ」


「は、はい!」

 龍翔の指示に、明珠はあわてて立ち上がる。


「では明順。次の機会にこそ、一緒に茶を楽しもう」


 玲泉がにこやかに手を振ってくる。が、明珠にはいもいいえも、言えるはずがない。


「明順、冗談にいちいち答える必要はない。もう下がれ」

「は、はい。失礼いたします……」


 龍翔の助け舟にほっとして、明珠は丁寧に一礼すると、そそくさと部屋を出た。

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