22 妹姫と楽しいお食事です? その2


「まさか、国王自らが『花降り婚』の請願に来られたのか?」


 前国王を亡くして、まだ国情も安定していないだろう、なんと大胆な。

 しかも、前国王が暗殺されたのなら、彼自身にも暗殺の危険があるというのに。


 驚いて問うと、初華が笑顔でこっくりと頷いた。


「そうですの。晟藍国が、真剣に『花降り婚』を望んでいると、陛下や我が国の高官達に知らしめすために、わずかな供だけを連れて、参られたのです。残念ながら、一日滞在されただけで、藍圭様ご自身は帰られてしまわれましたが」


「それで? どうだった、藍圭様は?」


 楽しそうな初華の笑顔を見る限り、悪い人物ではなかったのだろうと思いながら問うと、初華が嬉しそうに、ぱちり、と両手を合わせた。


「とてもお可愛らしい顔立ちをされていましたわ!」


「…………そうか。その、よかったな……」


 予想と外れた答えを返され、龍翔は一瞬、言葉に詰まる。


 そういえば初華は、可愛いものに目がなかったな、と思いながら。


 小さい頃は、人形遊びが大好きで、自分と同じ衣を人形用にも作らせ、よく着せ替えごっこをしていたものだ。


 思い返せば、

「お兄様はお可愛らしいから、きっと似合うと思うの!」


 と、女物の衣を着せられそうになったこともある。その時は、


「いや、わたしが着るよりも、初華が来た方が、絶対に似合うから!」


 と、何とか説得して難を逃れたが。


 そういえば、季白と張宇すら、女装させられそうになったことがあるなぁ、となかば現実逃避で遠い日の思い出を振り返りながら、スープをさじですくっていると。


「他に、どのように優れた点がおありだったのですか? まさか、初華様ともあろう方が、顔立ちの可愛らしさだけで藍圭様を気に入られたわけではございませんでしょう?」


 龍翔の沈黙を補うかのように、季白が口を開く。

 にこにこと初華が頷いた。


「もちろんですわ。とても利発そうな方で……。ご両親を亡くされてまだ間もないというのに、毅然きぜんとしてらっしゃって……」


 初華がまぶしげなまなざしをする。


「藍圭様はわたくしにおっしゃったのです。「晟藍国でお逢いできるのを祈っています」と」


 初華は柔らかな微笑みを浮かべて龍翔を見やる。


「わたくし、姉弟のように、藍圭様と仲良くできると思いますわ。わたくしは名目上の妻にしかなれませんけれども、龍華国皇女という肩書はきっと藍圭様のお役に立ちましょう。小さな肩に負う重責を、少しでも軽くしてさしあげたいのです」


 強い瞳できっぱりと告げる初華を、龍翔はまぶしく思う。


 龍翔の心配など、杞憂だった。


 しなやかで強いこの妹は、きっと遠い異国の地でも、しっかりと根を下ろし、華やかに咲き誇るだろう。


「……まだ、言えていなかったな」


 龍翔は大切な妹に心からの笑顔を向ける。


「初華。結婚おめでとう」


 初華の面輪が薄紅色に染まる。大輪の牡丹ぼたんの花のような笑顔で。


「はいっ! ありがとうございます!」


 初華が嬉しそうに告げる。


「お忙しいお兄様が、わざわざわたくしの宮を訪れてくださったのは、『花降り婚』のことを気にしてくださっていたからですか?」


 食事を再開してすぐ、初華が尋ねる。


「もちろんだ。お前の人生に関わることだぞ。兄として、心配しないわけがなかろう」


 龍翔の返事に、初華が嬉しそうに顔をほころばせる。


「やっぱり、お兄様はお優しいですわ。それで、ご心配は減りまして?」


「ああ。お前の気持ちが知れて、安心した。あらためてお前の前向きさにふれて、まぶしいばかりだ」


「ふふっ。それはようございましたわ。では、次はわたくしがお尋ねする番ですわね」


 はしを置いた初華が、卓に身を乗り出す。


「乾晶はいかがでございました!? 《晶盾蟲しょうじゅんちゅう》もごらんになったのでしょう!? おとぎ話に書かれている姿と同じでございました!? それに『黒い砂嵐』と評される砂波国の騎馬軍団とも相対なさったのでしょう!? どうやって追い返されたんですの!? それにそれに! 何より、遼淵殿の高弟、周康殿を供に加えてらっしゃるなんて! どうやって遼淵殿の援助をとりつけられたんですのっ!? もう、王城中が噂で持ちきりですわよっ!」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、思わずたじろぎそうになる。


「それほど一度に尋ねられても答えられんぞ? どの順番で答えればよい?」


 そういえば、明珠も《晶盾蟲》に会えるとわかった時、大喜びだったな、と思いながら問い返すと、初華が小首を傾げた。


「……お兄様?」

「うん?」


「乾晶に行かれている間に、何かございましたか?」


 初華の問いかけに、心臓がとどろく。


 禁呪をかけられたのは、王都を出て数日後だ。

 今は明珠のおかげで、一時とはいえ、元の姿を取り戻せているが……。初華の目から見ると、何か違和感を覚えるのだろうか。


 今まで、そんな指摘をされたことはなかったが、いつもそばにいる季白や張宇が気づかなくとも、久々に会った者なら気づく違いもあるのかもしれない。


「……何か、わたしが変わったように思えるのか?」


 内心の動揺を押し隠して問うと、初華が柳眉をひそめた。「うぅん」と可愛らしい声を悩ましげにこぼし。


「少し、雰囲気が変わられたような気がしましたの。前より、笑顔が柔らかくなられたような……。久々に、可愛い妹に会えて喜んでくださっているというのなら、嬉しいのですけれども」


「そうに違いあるまい」


 ほっとして、頷いたところで。


「《龍翔様……っ!》」


 ふところに忍ばせていた《互伝蟲ごでんちゅう》から、切羽詰まった明珠の声が飛び出した。

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