20 まさか湯殿に乱入です!? その1


「はふーっ」


 大きな湯船の中で、明珠は大きく伸びをした。


 あたたかい湯船につかれるなんて、最高だ。


 今日は初めての王城で緊張しっぱなしだったが、疲れがゆるゆるとほどけていく心地がする。


「わたしの宮ならば、許可していない者は入って来れぬ。遠慮はいらぬから。ゆっくり入ってくるといい」


 と、龍翔は湯殿を使う許可を出してくれた。


 明珠としては、たらい一杯の湯を使えるだけでも贅沢ぜいたくだが、湯につかれるのはやはり格別だ。


 主の龍翔を皮切りに、男性陣が先に入り、梅宇に、まだ仕事が残っているので、先に入るよう言われた明珠は、残り湯を使わせてもらっている。


 明珠も手伝うと梅宇に申し出たが、やんわりと梅宇に断れてしまった。


 洗い髪を一つに団子にし、明珠は湯船につかれる贅沢さを存分に味わう。


 が、そろそろ出なくてはのぼせてしまいそうだ。

 湯船の心地よさに、つい長湯してしまった。と。


「「失礼するわね」」


 な異口同音とともに湯殿の戸が開き、明珠はびっくりした。


 入ってきたのは梓秋と梓冬だ。

 手拭いで隠しているものの、湯殿なので、もちろん裸だ。二人とも、そっくりなふっくらした身体つきをしている。


「すみませんっ、すぐ出ます!」


 ざぱっ、と湯船から立ち上がり出ようとすると、梓秋と梓冬にあわてて止められる。


「いいのよ、いいの! 遠慮しないで」

「そうそう。むしろ、明順ちゃんと一緒に入ろうと思って来たんだから」


「え?」

 明珠は目を円くする。


「私はそろそろ出ようかと……」


 今度は梓秋と梓冬が目を円くする。


「ええっ!? もう!?」

「ちゃんと磨いた!?」


「い、一応、洗いましたけど……?」


「一応? 一応なの?」

「やっぱり、季白様が言っていた通り……」


「えっ!? 季白さんが何ですか!?」


 鬼上司の名前に、思わず背筋を伸ばす。

 梓秋と梓冬が、ふるふるとかぶりを振った。


「何でもないのよ」

「そうそう。それより、洗ってあげるからいらっしゃい」


「あ、あの……」


 もう洗ったんですけど。というか、そろそろ酔いそうなので出ようと思っていたところなんですけど。


 そんな言葉は、今日から上司となった二人の笑顔の前に、喉の奥へと追いやられる。


「「ほらほら」」

 と手招きされては、明珠に断れるはずがなく。


「はい。洗い袋」

 笑顔で渡された米ぬかが入った洗い袋を、思わず受け取ってしまう。


「い、いいんですか? こんな高そうな……」


「何を言うの? しっかり磨いておかないと!」

「そうそう。念のために備えておかないとね!」


 備えるって何にだろう?


 よくわからないまま、明珠はあいまいに頷く。


 と、梓秋と梓冬が明珠がじっと見つめる。


「あ、あの……」


「……意外と、胸があるわよね?」


「えええっ!? そんなことないですよ!」


 思いもかけないことを言われて、顔が熱くなる。

 ただでさえ、お風呂で身体が火照っていたところに追いうちをかけられて、沸騰しそうだ。


「母さんに比べたら、私なんて全然っ!」


 明珠はぶんぶんと首を横に振る。


 母の麗珠はそれは見事な、たわわに実ったものを持っていた。それに比べたら、明珠の胸なんて、ささやかなものだ。


「……お母様はすごかったのね」

 梓秋がたじろいだように言う。


「はいっ! 母さんはすごかったんです! 私の憧れです!」

 明珠は思わず笑顔で頷く。


「肌も綺麗わよね」

「やっぱり若いからかしらねぇ。いいわよね、この水を弾くはり!」


「……で、これが玲泉様にも見られたっていう例の花びら……」

「……つけたの、龍翔様よね」


「そうに決まっているでしょう」

「そうよね。でないと季白様だって黙っちゃいないでしょうし」

「でもこれって、手を出しているのと一緒じゃなぁい?」


「あ、あの……?」


 明珠は謎の囁きを交わす梓秋と梓冬を、戸惑いを隠さず見やる。


「花びらって、何のことですか……?」


「「えええっ!?」」


 梓秋と梓冬が目を見開く。


「「知らないのっ!?」」


「えっ!? 知らないって、何のことですか!? 私、何か失礼なことでもしでかしましたか!?」


 いったい、何を話題にされているかすら、まったくわからない。


「気づいていないとかある? ふつう?」

「というか、何をどうなさったのかしら……?」


「確かに、どうやってつけたのかの方が、気になるわね……」

「季白様がおっしゃっていた、見くびってはいけないって、こういうことかしら……?」


「あの、あの……?」


 じっ、と明珠を見つめる二人の視線に、得も言われぬ圧を感じる。

 というか、服を着ていないのだから、こんなにまじまじ見ないでほしい。


 恥ずかしさゆえか、のぼせたからか、なんだかくらくらしてきた。気持ち悪い。


「あ、あのっ、洗い袋、ありがとうございました。申し訳ありませんっ、お先に失礼します……っ」


 このままだと吐きかねない。


 明珠は梓秋に洗い袋を返すと、二人に一礼して、急いで湯殿から飛び出した。

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